大腿四頭筋はブレーキ筋というように、大腿四頭筋が発達しすぎると良くないという話を耳にすることがあるかと思います。
ここでスプリント走における大腿四頭筋について、科学的根拠を交えながら解説していきたいと思います。
大腿四頭筋の役割
大腿四頭筋は太ももの前面に位置する筋肉群であり、膝を伸ばす股関節を曲げるといった役割があります。
スプリント走では主に身体を支える、膝を安定させるという役割があります。
スプリンターの大腿四頭筋
筋肉量
スプリンターは大腿四頭筋の筋肉量がそこまで求められるわけではなく、ムキムキで太い大腿四頭筋は必ずしも必要ありません。
実際に大腿四頭筋の筋肉量は100m走のタイムとの関連性が弱いことが複数の研究で報告されています1~4。
中には大腿四頭筋の筋肉量が100m走のタイムと関係しているという研究結果もありますが5、大臀筋やハムストリングスなどと比べるとタイムに直結しにくいようです。
一方で大腿四頭筋を構成する筋肉の中でも、大腿直筋はスピードに関係していることが報告されています6。
大腿直筋は股関節と膝関節にまたがっており、股関節を屈曲させるという役割があります。
これは腸腰筋のように脚を素早く前に出すといった動きをアシストするため、スプリント走のパフォーマンスへの影響が大きいのかもしれません。
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スプリンターの腸腰筋に対する誤解について
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このようなことから大腿四頭筋を筋肥大させるような鍛え方が良いというわけではなく、スプリント走ならではの大腿四頭筋の鍛え方があるかと思います。
筋力発揮
大腿四頭筋の筋肉量ではなく筋力、特に素早い筋収縮における筋力は100m走のタイムとの関連性があることが報告されています1。
スプリンターは大腿四頭筋の筋束が長いという特徴があり、これは重いものを持ち上げるというよりも素早い筋収縮に優れていることが示唆されています7・8。
スプリント走で走るスピードが上がっていくにつれて接地時間が短くなり、一瞬で地面に力を伝える必要があるため、素早い筋力発揮が重要になります。
スプリント能力向上のための大腿四頭筋の鍛え方
ウェイトトレーニング
スプリント走では過度に大腿四頭筋を発達させる必要はないものの、最低限の大腿四頭筋の基礎筋力は必要になります。
スプリント走の加速局面では比較的遅いスピードで大きな力がかかるため、ウェイトトレーニングで重い負荷に耐えられるように大腿四頭筋を鍛えることが役立ちます。
具体的にはスクワットで体重の約2倍の重量を支えられるような大腿四頭筋の筋力がひとつの目安になります。
というのも体重の約2倍までの重量でのスクワットはスプリント走のパフォーマンス向上に効果が出やすいため9、こういったトレーニングができるように大腿四頭筋の筋力を強化することは意味があります。
スクワットなどで膝が不安定な場合やスプリント走の加速局面で膝がブレてしまう場合などには、レッグエクステンションなどで大腿四頭筋などに集中的に効かせることで、膝の安定性を補うのに役立ちます。
スピード重視のトレーニング(VBTトレーニング)
大腿四頭筋は素早い筋力発揮が重要であり、ウェイトトレーニングでもある程度スピードを重視して行うことが役立ちます。
実際にレッグプレス、レッグエクステンション、レッグカールなどを速いスピードでウェイトトレーニングを行った方が400m走のタイムが改善したことが報告されています10。
このようにゆっくりした速度のトレーニングよりも、速いスピードでのトレーニングの方がスプリント走のタイムが改善しやすいことが複数の研究で報告されています11。
とはいえ、やり方次第では大きな効果が得られないこともあり、どのくらいの重量やスピードでトレーニングを行ったほうがいいのかについては議論がありますが、ゆっくり行うよりも速く行うことが効果が出やすい傾向にあります。
プライオメトリクス
プライオメトリクスなどの瞬発的なトレーニングで大腿四頭筋の素早い筋収縮を鍛えることができます。
より大腿四頭筋に効かせるためには、膝を曲げたランジジャンプやスクワットジャンプなどが役立ちます。
プライオメトリクストレーニングは筋肉の素早い伸張・短縮サイクルを刺激し、瞬発的な筋力発揮を強化することができます。
球技スポーツにおけるスプリント走
パフォーマンス
サッカーやバスケなど、方向転換を伴うスポーツでは大腿四頭筋が重要になります。
大腿四頭筋は減速や方向転換の際に体重を支える重要な役割があります。
そして、球技スポーツでの方向転換は比較的遅いスピードでの筋力発揮が行われるため、ウェイトトレーニングで筋肥大させた大腿四頭筋の貢献度が大きくなります。
怪我のリスク
サッカーやバスケなど方向転換を伴うスポーツでは大腿四頭筋には前十字靭帯断裂を防ぐという大きな役割があります。
陸上競技のように直線方向に走る競技では前十字靭帯断裂はほとんど起きませんが、急な加減速と方向転換により膝をねじる動作が発生する競技では、大腿四頭筋の筋力で膝を安定させることが重要になります。
まとめ
スプリント走の加速局面や球技での方向転換などでは大腿四頭筋が重要になります。
大腿四頭筋の筋肉量は必ずしもスプリント走のタイムに結び付くわけではなく、トップスピードを伸ばすには大腿四頭筋の素早い筋力発揮が大切になります。
<参考文献>
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