陸上選手は骨盤前傾によって速く走ることができると言われることがありますが、骨盤前傾はパフォーマンスアップにつながらないという意見もあります。
一概に良い・悪いと断定できるものではなく、選手によってメリットとデメリットが大きく分かれます。
ここで骨盤前傾の要因や対策などについて解説していきたいと思います。
骨盤の前傾とは?
陸上選手における骨盤前傾とは、骨盤が前に傾いている状態を指します。
腰が少し反ったような姿勢になって身体のバランスを取っているのが特徴です。
一見すると綺麗な姿勢というわけではありませんが、海外のエリート選手は骨盤が前傾していることが多々あり、骨盤前傾が走る速さに関係しているのでは?と考えることもあるかと思います。
骨盤前傾のメリット
股関節の動きの改善
骨盤前傾でのランニングはパフォーマンス向上に役立つと言われています。
骨盤前傾によってランニング時の股関節伸展の可動域が大きくなることが報告されており1、地面を強く蹴るような股関節を活かした走り方に近づきます。
(Schache et al 2000)
ここで興味深いのが、ランニング時の股関節伸展の動きは柔軟性とあまり関係していないことです1。
つまり、ストレッチなどで股関節を柔らかくしても、走っているときの股関節の動きがそこまで大きくなるわけではないというわけです。
股関節のパワーが向上
骨盤前傾のメリットとして股関節伸展のパワーが高まることが報告されています2。
これは骨盤前傾によって、お尻やハムストリングスの筋肉が使いやすくなることが理由として考えられています。
走るスピードが速くなるほど股関節のパワーが重要であり、股関節のパワーを強化することは速く走るために極めて大事なポイントになります。
骨盤前傾のデメリット
パフォーマンス低下
骨盤前傾はランニングのパフォーマンス低下を引き起こすことがあります。
というのも骨盤前傾に適した選手とそうでない選手が存在し、マイナスに働くケースがあるわけです。
リラックスした立位姿勢で骨盤前傾している選手は、ランニング時にも骨盤が前傾しやすいことが報告されており3、普段の姿勢が走り方に影響します。
このため骨盤前傾が適していない姿勢なのに、無理して骨盤前傾した状態で走ると不自然な動きになってしまい、パフォーマンスの低下につながります。
怪我のリスク
骨盤前傾はランニングのパフォーマンス向上に役立ちますが、過度な骨盤前傾には怪我のリスクもあります。
骨盤前傾した状態でのスプリント走はハムストリングスへの負荷が大きくなり、肉離れのリスクが高まることが報告されています4・5。
骨盤前傾によってハムストリングスの筋力発揮が上がりますが、同時に筋肉を酷使してしまうという代償もあるわけです。
また、骨盤前傾は腰を反らすような状態になるため、腰に負担がかかり腰痛につながるリスクもあります6。
骨盤前傾の要因
筋力バランス
一般的に骨盤前傾を引き起こす要因として、骨盤周りの筋力バランスが考えられています。
大腿四頭筋は骨盤を前に引っ張る力を生み出すと考えられており、大腿四頭筋が硬かったり筋力が強すぎると骨盤前傾につながります。
また、お尻やハムストリングスの筋肉は骨盤を後ろに引っ張る力を生み出し、お尻やハムストリングスの筋肉が弱いと骨盤前傾につながると考えられています。
しかし、優れたスプリンターなどお尻やハムストリングスの筋肉が大きく発達しているのに7,骨盤前傾を抱えているケースが珍しくありません。
上述した理論の通りならば、お尻やハムストリングスを鍛えて、大腿四頭筋のストレッチをすると骨盤前傾が解消されるはずなのですが、現実的には陸上選手に対するこういったアプローチで骨盤前傾が軽減されることは少ない印象です。
このため陸上選手の骨盤前傾を引き起こしている原因は他にも考えられます。
骨格の適応
エリート選手は膨大なトレーニングによって脊柱が徐々に変化し、骨盤の前傾を獲得している可能性があります。
というのもトレーニング量が多いスポーツ選手は脊柱のアライメントが徐々に適応していくことが報告されています8。
年間で約400時間のトレーニングを超えるような練習量でないと脊柱が変化せず、それを5年間続けると骨格が変化していくことが報告されています9。
このように膨大なトレーニングを続けることで脊柱が変化し、自然と骨盤前傾の走り方に近づいている可能性があるわけです。
骨盤の前傾がいいのか?
陸上選手は骨盤前傾がいいのか?という議論を目にすることがありますが、基本的に無理に骨盤前傾をする必要はないかと思います。
骨格的な適性がないのに、無理に骨盤前傾をすることでパフォーマンス低下を引き起こしやすいですし、肉離れなどの怪我のリスクもあるわけです。
無理して走り方を変える必要はなく、自然体で走りやすいランニングフォームが好ましいと言えます。
あくまで地道なトレーニングの積み重ねによって、徐々に骨格が変化していくのが適切であると考えられます。
そして、骨盤の前傾はパフォーマンス向上に役立ちますが、一方で肉離れなどの怪我のリスクはつきまとうため、お尻やハムストリングスの筋肉をしっかりと鍛えるといった対策を打つことも重要になります。
-
肉離れのリハビリとトレーニング
続きを見る
まとめ
陸上選手は骨盤の前傾によってお尻やハムストリングスの筋肉が使われやすくなり、股関節のパワーを高める走り方につながります。
一方で骨盤の前傾は肉離れや腰痛などの怪我のリスクもあり、注意が必要です。
骨格的な要因も影響するため無理に骨盤を前傾させる必要はなく、走りやすいフォームを選択することが大切になります。
<参考文献>
- Schache AG, Blanch PD, Murphy AT. Relation of anterior pelvic tilt during running to clinical and kinematic measures of hip extension. Br J Sports Med. 2000 Aug;34(4):279-83. doi: 10.1136/bjsm.34.4.279. PMID: 10953901; PMCID: PMC1724219.
- Kellis E, Konstantopoulos A, Salonikios G, Ellinoudis A. Does Pelvic Tilt Angle Influence the Isokinetic Strength of the Hip and Knee Flexors and Extensors? J Funct Morphol Kinesiol. 2024 Apr 12;9(2):73. doi: 10.3390/jfmk9020073. PMID: 38651431; PMCID: PMC11036241.
- Mach MS, Ebersole KT, Ericksen HE, Nguyen AD, Earl-Boehm JE. Standing Pelvic Tilt Is Associated With Dynamic Pelvic Tilt During Running When Measured by 3-Dimensional Motion Capture. J Appl Biomech. 2023 Jun 16;39(4):230-236. doi: 10.1123/jab.2022-0226. PMID: 37328156.
- Mendiguchia J, Garrues MA, Schilders E, Myer GD, Dalmau-Pastor M. Anterior pelvic tilt increases hamstring strain and is a key factor to target for injury prevention and rehabilitation. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2024 Mar;32(3):573-582. doi: 10.1002/ksa.12045. Epub 2024 Feb 23. PMID: 38391038.
- Bayrak A, Patlar S. Increased anterior pelvic tilt angle elevates the risk of hamstring injuries in soccer player. Res Sports Med. 2025 Mar-Apr;33(2):129-145. doi: 10.1080/15438627.2024.2430662. Epub 2024 Nov 21. PMID: 39570099.
- Król A, Polak M, Szczygieł E, Wójcik P, Gleb K. Relationship between mechanical factors and pelvic tilt in adults with and without low back pain. J Back Musculoskelet Rehabil. 2017;30(4):699-705. doi: 10.3233/BMR-140177. PMID: 28372304.
- Miller R, Balshaw TG, Massey GJ, Maeo S, Lanza MB, Johnston M, Allen SJ, Folland JP. The Muscle Morphology of Elite Sprint Running. Med Sci Sports Exerc. 2021 Apr 1;53(4):804-815. doi: 10.1249/MSS.0000000000002522. PMID: 33009196.
- Oztürk A, Ozkan Y, Ozdemir RM, Yalçin N, Akgöz S, Saraç V, Aykut S. Radiographic changes in the lumbar spine in former professional football players: a comparative and matched controlled study. Eur Spine J. 2008 Jan;17(1):136-41. doi: 10.1007/s00586-007-0535-3. Epub 2007 Nov 1. PMID: 17973125; PMCID: PMC2365521.
- Wojtys EM, Ashton-Miller JA, Huston LJ, Moga PJ. The association between athletic training time and the sagittal curvature of the immature spine. Am J Sports Med. 2000 Jul-Aug;28(4):490-8. doi: 10.1177/03635465000280040801. PMID: 10921639.
関連記事
-
爆発的ダッシュ力を獲得するためのトレーニング
続きを見る
-
ランナーの股関節を強化する方法について
続きを見る
-
足首を固める走り方がパフォーマンス向上につながる
続きを見る
-
ランニングが速くなる腕振りとは?
続きを見る