バドミントンでの前十字靭帯断裂の発生状況
一般的に前十字靭帯損傷は膝が捻れるような動き、片脚での方向転換動作、膝の動きが不安定でブレてしまうことが原因になると考えられています。
バドミントンではこういった動作を引き起こしやすいステップや試合展開などがあり、動きの安定性を高めることが前十字靭帯損傷の予防へとつながります。
シザースジャンプ
バドミントンではシザースジャンプ(後方にジャンプして空中で脚を入れ替えながら頭上でスマッシュを打つ)によって前十字靭帯断裂を引き起こすケースが最も多いことが報告されています1。
特にバックハンド側でのスマッシュで膝の動きがブレやすく、前十字靭帯断裂のリスクが高いと言われています3。
頭上でのスマッシュを打ちながら、複雑で負荷の大きい動きをするためバランスが乱れてしまうことも珍しくないかと思います。
ランジ
バドミントンでは脚を伸ばしてショットを拾うような動作で前十字靭帯断裂が多いことが報告されています1。
ネット際に脚を伸ばすような動き、後方へのショットを拾うために脚を伸ばすような動きが膝に大きな負担がかかります。
特にバックハンド側へのショットが体勢が崩れやすく、膝の怪我へとつながりやすいことが指摘されています4。
こういった動作の安定性が高まると前十字靭帯損傷のリスクを減らすことにつながるかと思います。
バドミントンへの競技復帰
バドミントン東京オリンピック代表の広田彩花選手は2023年の12月に前十字靭帯断裂をしています。
通常であれば前十字靭帯再建手術を受けるところですが、手術をせずにバドミントンをプレーすることを選択しています。
「やはり自分の中でパリ五輪への想いは強く『後悔したくない』、『最後まで走り切りたい』と考えるようになりました」と悩んだ末の決断を説明した。
スポーツ報知 左膝前十字靱帯断裂の広田彩花 手術せずパリ五輪を目指す意向「後悔したくない」https://hochi.news/articles/20240104-OHT1T51151.html?page=1
一般的に前十字靭帯再建手術をすると競技復帰まで早くても半年ほどかかってしまいます。
それは以前のパフォーマンスを取り戻しての競技復帰ではなく、パフォーマンスが落ちた状態での競技復帰になる可能性が高いと言えます。
前十字靭帯再建手術をしたバドミントン選手の約6割が競技復帰していて、以前のパフォーマンスを取り戻せるのは2割程度だと報告されています5。
プロ選手は約8割がバドミントンに復帰していますが、プロ選手でも半分くらいしか以前のパフォーマンスを取り戻せていないことが報告されています6。
競技復帰できたとしても以前のパフォーマンスを取り戻すには1年以上かかることが多いと言われています。
こういったデータを考えると手術を回避しなければパリオリンピックに間に合わないという判断があったのだと思います。
広田は8月に左膝前十字靱帯を手術。現在はリハビリ中で、今後に向けて「復帰を目指して頑張りたい〜
中日スポーツ 『フクヒロ』福島由紀&広田彩花、涙でペア解消を語る…出場かなわなかったパリ五輪後「ちゃんと区切りをつけようか」ともに現役は続行 https://www.chunichi.co.jp/article/957537/2
前十字靭帯断裂し、手術をしていない状態の膝でもバドミントンをプレーすることはできると思います。
しかし、靭帯がない状態の膝というのは想像以上に機能が落ちてしまいます。以前のように激しい練習に耐えられるような膝ではないので、思うような練習はなかなかできず、最高のコンディションに仕上げるのはかなり難しいと言えます。
よほどの理由がない限り前十字靭帯再建手術を受けるのが賢明な選択です。
手術を受けないままバドミントンを続けたら、膝がボロボロになってしまいますし、それこそ選手生命が終わってしまうリスクが大きいと言えます。
前十字靭帯の再断裂のリスク
前十字靭帯断裂は選手生命を大きく左右する重大な怪我です。
それはオリンピック選手でも例外ではありませんし、たとえ世界チャンピオンでも前十字靭帯損傷によってキャリアが大きく狂ってしまう可能性があるのです。
バドミントン女子のリオ五輪金メダリスト、キャロリーナ・マリン選手(Carolina Marin、スペイン)は、東京オリンピック直前に右膝の前十字靱帯を断裂し、東京オリンピックを逃してしまいました。
そんな苦しい経験をした彼女はパリオリンピックの準決勝の試合中に二度目の前十字靭帯断裂を引き起こしています。
パリ五輪のバドミントン女子シングルス準決勝が行なわれ、リオデジャネイロ五輪金メダリストのカロリナ・マリン(スペイン)は何氷嬌(中国)と対戦。第2ゲームで右膝を負傷し、途中棄権となった。
THE DIGEST「運命はこれまで以上に残酷だ」決勝目前で起きた悲劇…右膝負傷→途中棄権→大号泣のバド単スペイン女子に母国紙が嘆き!「痛みは全員に広がった」【パリ五輪】https://news.yahoo.co.jp/articles/f5c6ba90306347e3349834e0ec8d687a232244cc
一般的に前十字靭帯断裂の再断裂は10%〜20%ほど起こると言われていますが8、オリンピック選手だからと言って大丈夫なわけではありません。
意外にも若くて体力がある選手の方が前十字靭帯の再断裂が多いことが報告されていて8、自分の体力を過信してしまうのかもしれません。
無理をしてプレーしてしまうと膝を痛めてしまうリスクがあるため、再断裂を予防するためには慎重な対応が求められます。
焦る気持ちを抑えて身体の状態を冷静に見極めることが大切で、コツコツと地道なトレーニングを続けていくことも大事なポイントになります。
まとめ
バドミントンではシザースジャンプや脚を伸ばしてのショットなど、膝がブレやすい動作が前十字靭帯断裂のリスクがあります。
オリンピック選手でも例外ではなく、選手生命に重大な影響を与えてしまう可能性があり、過信せずに慎重な判断をすることが大事です。
<参考文献>
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- INDIA TODAY "Carolina Marin picked up another ACL injury during Paris semis exit, scans say"
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