前十字靭帯断裂とは?
前十字靭帯断裂は膝関節の安定性を維持する前十字靭帯が断裂する外傷のことであり、急な方向転換やジャンプの着地時などで起こりやすいと言われています。
前十字靭帯断裂を引き起こした場合には手術が必要であり、リハビリを含めて1年近くの長期離脱を余儀なくされることが珍しくありません。
前十字靭帯断裂は接触プレーによって突発的に引き起こされることが多いのですが、サッカーにおいては非接触プレーでの前十字靭帯断裂も多い傾向にあります1。
欧州サッカーでの前十字靭帯断裂の現状
近年では欧州サッカーリーグでの前十字靭帯断裂が増えてきており、世界屈指のビッグクラブであるレアル・マドリードで3名の選手が前十字靭帯断裂が発生したことが衝撃的な出来事です。
レアル・マドリー、アンチェロッティ監督「4カ月で3人が靭帯断裂など初めてだ。信じられんよ!」
https://www.goal.com/jp/ニュース/alaba-real-madrid-ancelotti-liga-20231218/blt4d5eb47cccba1631
前十字靭帯断裂が発生するのは特定のチームに限った話ではなく、欧州リーグの多くのチームで発生し、特に強豪チームほど影響を受けやすい傾向にあります。
例えばセリエAの上位4チームは他のチームに比べて前十字靭帯断裂の発生率が倍以上であることが報告されています2。
上位チームはトーナメントを勝ち進んで試合数が多いことや、代表チームでの試合数も多いことなどが原因であると考えられます。
というのも練習よりも試合の方が前十字靭帯断裂が多く、試合では練習に比べて前十字靭帯断裂のリスクが10倍以上になることが報告されています2・3。
近年では前十字靭帯断裂をする選手が増えてきており、前十字靭帯断裂が増えているのは「FIFAウイルス」が原因ではないかと言われることがあります。
「FIFAウイルス」 それはクラブに所属する選手がFIFA主催の代表戦に招集され、コンディションを崩したり、ケガをしたりする状況を揶揄した表現である。数年前から囁かれていたが、最近は事態が深刻化。試合数が増え、選手の酷使が目立つようになった。
「サッカーは儲かる」――蔓延する拝金主義が、選手を疲弊させているのだ。
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/wfootball/2023/12/07/fifa_1/
ネイマール選手やクルトワ選手など有名選手の前十字靭帯断裂が増えていることから、前十字靭帯断裂した選手だけで世界選抜級のチームを作れるんじゃないか?と皮肉を言われることがあります。
欧州サッカーの日本人選手における前十字靭帯断裂
欧州サッカーにおける前十字靭帯断裂は日本人選手にも起こることで、才能に溢れる若い選手が怪我で本来の力を発揮できなくなってしまうことがあります。
10代で名門アーセナルに移籍し、将来が期待されていた宮市亮選手は3度の前十字靭帯断裂を経験しており、最初の前十字靭帯断裂はプレミアリーグ、2回目の断裂はドイツ2部リーグ、3度目はJリーグの横浜Fマリノスに所属している時に10年ぶりに呼ばれた日本代表の試合で前十字靭帯を断裂しています。
手術の前に医師から『最悪、引退しなければいけないかもしれない』と言われました。プロ選手としてプレーできる、というのは当たり前じゃないと身を持って体験してから、毎日に感謝できるようなりました。試合に出られなくても、サッカー選手でいられるだけで幸せなんだ、と
バルセロナの下部組織でプレーしていた安部裕葵選手も前十字靭帯断裂してから思うようにプレーできない日々が続いています。
スペインの名門バルセロナの下部組織にいたFW安部裕葵(24)を完全移籍で獲得。安部は7月の加入からコンディションが上がらず、公式戦で1試合もベンチ入りさえしていない。
https://news.yahoo.co.jp/articles/17c09e41865afe6dc35e6e6f58cd26453ed60cc3?page=3
このように前十字靭帯を断裂してしまうとなかなかパフォーマンスを取り戻すことができず、泥沼にハマって本来の力を発揮できなくなることが珍しくありません。
サッカー選手の前十字靭帯断裂からの復帰
前十字靭帯再建手術後のリハビリは通常であれば1年近くかかり、困難なリハビリを乗り越える必要があります。
欧州リーグのプロサッカー選手の約9割以上が前十字靭帯断裂後にサッカーに復帰することができています4・5。
そして、欧州トップリーグのプロ選手は前十字靭帯再建手術後に約半年でサッカーができるようになるようで、試合の復帰までに7ヶ月弱くらいであることが報告されています6。
これは素晴らしい数字であり、一般のアスリートが1年かかることに比べるとプロサッカー選手はかなり早く復活していることがわかります。
このようなデータだけを見ると前十字靭帯断裂はそんな大したことないとか、プロサッカー選手だったら問題ないとか、プロスポーツのメディカルチームだったら余裕で対処できるとか、そんな誤った印象を受けてしまうかもしれません。
復帰後のパフォーマンスと選手生命
プロ選手なら前十字靭帯断裂なんてどうってことはない、簡単に復帰できるみたいなことを言う人がいます。
オリンピック選手を担当しているようなトレーナーの人がそのような発言をしたのを耳にしたこともあります。
残念ながらこのような意見は現状を認識できていない甘い発言ではないかと思います。
欧州5大リーグのプロサッカー選手では前十字靭帯断裂の以前のパフォーマンスに戻せる選手は約6割であることが報告されています5・6。
つまり、半分近くのプロサッカー選手は前十字靭帯断裂によって以前のパフォーマンスを取り戻すことができていないのが現状であり、
プロチーム専属の優秀なメディカルチームによる手厚いケアを受けているのにも関わらず思うような結果が出ないことは意外と多いのです。
そして、実際に欧米のプロサッカーリーグでは前十字靭帯断裂をした選手のキャリアは短くなる傾向にあることが報告されています7・8。
どのくらい周辺組織が損傷しているかによって選手生命に影響があり、特に25歳以上の選手は以前のパフォーマンスに戻すことが3倍ほど難しくなることも報告されています9。
一方でユース選手が前十字靭帯断裂をしてもプロ選手になれる確率は変わらないという報告があり10、若い選手ほど前十字靭帯断裂を乗り越えやすいと言えるかもしれません。
サッカー選手の前十字靭帯の再断裂
前十字靭帯断裂の怖いところが再断裂が起こり得ることであり、再断裂してしまうと数シーズンを棒に振ることになるため選手生命が脅かされます。
欧州のトップリーグでプレーするプロサッカー選手の約10%が前十字靭帯の再断裂をしていることが報告されています11・12。
この数値は一般のアスリートとそんなに変わらないものであり、プロ選手であっても、優秀なメディカルチームのサポートがあっても、前十字靭帯の再断裂のリスクを抑えることは簡単ではありません。
サッカー選手の前十字靭帯断裂の予防
前十字靭帯断裂の予防には様々なものがあり、筋力トレーニングがいいとか、神経機能を向上させるようなバランストレーニングだとか多くのスポーツ医学論文が報告されています。
欧州トップリーグのプロサッカー選手には優秀なメディカルチームがいるので、こういった前十字靭帯損傷に対策は当然に行われているものだと思いますが、こういった対策をしても前十字靭帯損傷や再断裂がそんなに減っていないのが現状ではないでしょうか。
見落としやすい点のひとつに前十字靭帯再建手術後に苦しんでいる選手、再断裂をしてしまうような選手は練習やトレーニングで追い込みすぎる傾向にあることです。
肉体の限界を認識しておらず、過剰なトレーニングをすることが多く、オーバートレーニング気味にあることが珍しくない印象です。
確かに筋力が強い選手ほど前十字靭帯断裂のリスクは下がるためトレーニングに取り組むことは大事なのですが、だからといってトレーニングを過剰にやってしまうと逆効果になってしまいます。
ある研究では日々のサッカーの練習で前十字靭帯にダメージが蓄積していく可能性があることが示唆されています13。
このため十分な休養をとること、ダメージを回復させる期間に余裕を持たせることも大事だと思います。
特に近年のサッカーの試合数の増加や、前十字靭帯断裂後に半年で復帰する選手が多いことなどを踏まえると、余裕のないスケジュールを組んでしまっている事例は意外と多いのではないでしょうか。
「前十字靭帯断裂なんてどうってことはない、簡単に復帰できる」という言葉を真に受けて、これくらい大丈夫だろうと無理をしてしまうことも関係していると思います。
そんな甘い言葉に騙されないで欲しいのです。日本代表クラスの選手ですら前十字靭帯断裂から完全復活できてないことの方が多いのですから・・・。
レアル・マドリードの優秀なメディカルスタッフがついていても、前十字靭帯断裂が頻発することがあるのですから・・・。
冷静に見極めて無理をしないこと、ゆっくりと地道にトレーニングで肉体を強化していくことが前十字靭帯断裂を防ぐことにつながります。
まとめ
欧州トップリーグのサッカー選手の前十字靭帯断裂が増えてきており、大きな問題となっています。ビッグクラブの選手であっても前十字靭帯断裂を引き起こすことは珍しくありません。
前十字靭帯断裂をしたプロサッカー選手の多くは約半年と短い期間でサッカーに復帰していますが、必ずしも以前のようなパフォーマンスに戻るわけではなく、選手生命が短くなる傾向にあります。
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