野球選手は肩周りを中心としたケアが行われることが多いのですが、投球動作は全身で行う運動であり体幹部や下肢の働きも影響してきます。
このため肩周りだけでなく股関節なども忘れずにケアすることが大切になりますが、股関節の柔軟性が投球動作にどのように関係しているのか、どのようなケアを行ったらいいのか?について解説していきたいと思います。
股関節の柔軟性と怪我のリスク
股関節の内旋の可動域
肘や肩を痛めている野球選手は股関節の内旋の可動域が低下している傾向にあります。
実際に野球選手を対象とした研究では肘や肩に痛みを感じていた選手は股関節の内旋の可動域が減少している傾向にあったそうです1~3。
股関節が十分に動かないと全身の連動性が損なわれる可能性があり、地面の力をうまく利用することや身体の回旋動作をスムーズに行うことができず、いわゆる手投げに近い投球になってしまうことがあります。
股関節に十分な可動域がないと、体幹部や肩関節の動きが制限されてしまい、自由自在なピッチングが妨げられてしまう可能性があります。
ただし、すべての研究で一貫した結果が得られているわけではなく4・5、他の要因も複雑に絡み合っていると考えられます
股関節の屈曲の可動域
肘や肩を痛めた野球選手は股関節の屈曲の柔軟性が低い傾向にあることが報告されています2・6。
投球動作では股関節を持ちあげる動きがありますし、踏み込んだ脚も一定の股関節の柔軟性が求められるため、股関節の屈曲の柔軟性がないとスムーズな体重移動が損なわれ、投球動作に影響する可能性が考えられます。
股関節の可動域の左右差
野球選手は股関節の回旋の可動域に左右差が生まれやすい傾向があります。
投球動作では左右の脚が違った動きをするため、ある程度の左右差は自然なことであり問題はありません7~11。
しかし、股関節の柔軟性に極端な左右差があると、投球時に股関節が開きすぎてしまったり、変な位置に接地してしまったりと、投球動作が乱れてしまう可能性があります。
股関節の柔軟性とピッチャーの球速
股関節の内旋・外旋の柔軟性
股関節の柔軟性はピッチングの球速にも関係していて、股関節が柔らかいと球速が速くなる可能性があります。
実際にプロのピッチャーを分析した研究では股関節の内旋・外旋が柔らかい選手は球速が速い傾向にあることが報告されています12。
股関節の内旋・外旋が柔らかいことで投球時に股関節と上体が分離しやすくなり、体幹の回旋速度が速くなるため球速アップにつながると考えられます13・14。
股関節の内転・外転の柔軟性
股関節の内転や外転の可動域もピッチャーの球速に影響を及ぼす可能性があります。
実際に股関節の内転・外転の可動域が大きいと、ピッチャーの投球時のストライド幅が広くなる傾向が報告されています12。
踏み込みのストライド幅が大きいほど球速が高まると言われているため15、股関節の柔軟性が役に立つ可能性があるわけです。
しかし、ストライド幅が広いほど球速がアップするわけではなく、過剰に大きいストライド幅は球速アップにつながりません。
一般的に脚の長さの1.3~1.4倍ほどのストライド幅が理想的であると言われています16。
このため股割りや綺麗な開脚ができるような常人離れした柔軟性は必ずしも必要ありません。
股関節のストレッチ方法
股関節の内旋のストレッチ
股関節の内旋の可動域を改善するためには、股関節の前部分を伸ばすようなストレッチが役立ちます。
脚を前後に開いて、上体を反らすようにストレッチをかけることで股関節の前部分を伸ばすことができます。
上体をより大きく反らすことで、股関節の前部分のストレッチを強めることができます。
ちなみに、股関節の内旋の動きに直接ストレッチをかけるという方法もありますが、このストレッチではうまく筋肉を伸ばせないことが多々あり、個人的にはそこまでオススメはしていません。
股関節の外旋のストレッチ
股関節の外旋の柔軟性を高めるには、股関節の後ろ部分、お尻の筋肉などをストレッチで伸ばすことが役立ちます。
脚を身体の前でクロスさせるようなストレットでお尻の筋肉を伸ばすことができます。
股関節の屈曲のストレッチ
股関節の屈曲の柔軟性を高めるためには、太ももの裏のハムストリングスを伸ばすようなストレッチが役立ちます。
両足を同時に伸ばすストレッチでは腰などが引っかかって思うように伸びないことがあり、片足ずつストレッチをすることでよりピンポイントにストレッチを効かせることができます。
股関節の外転のストレッチ
股関節を外に開くような外転の動きの柔軟性を高めるためには、太ももの内側をストレッチで伸ばすことが役立ちます。
股関節を開くような姿勢でストレッチを行い、太ももの内側が伸びている感覚があることが大事なポイントになります。
違和感を感じる場合にはストレッチを止めることが大切です。
また、フォームローラーを使って太ももの内側をほぐすのも柔軟性の向上に役立ちます。
ストレッチの注意点について
思うように柔軟性が伸びない場合
ストレッチに取り組んでも思うように柔軟性が改善しない場合があります。
そういった場合にはストレッチが硬い部分に届いていない可能性があります。
複数の種類のストレッチを組み合わせて、様々な部分を満遍なくストレッチで伸ばすことがポイントです。
また、マッサージやフォームローラーなど、他の方法を組み合わせることでストレッチだけでは届きにくい部分の硬さをほぐすことができます。
柔軟性が高いほど良いのか?
股関節の柔軟性が柔らかいほど良いというわけではなく、一定以上の柔軟性は投球動作に役に立ちません。
プロのピッチャーを対象にした研究では、股関節の内旋が約37°、股関節の外旋が50°という結果になっています17・18。
投球時のストライド幅も脚の長さの1.3~1.4倍が理想的であり16、綺麗に股割りできるような柔らかさは必要ありません。
こういった数値はずば抜けた股関節の柔軟性というほどではなく、少し柔らかいかな~くらいの一般の人と大きな差がない柔軟性という印象です。
ストレッチをちょっと頑張れば誰でも到達できるようなレベルの柔軟性であると言えます。
しかし、練習や試合で疲労が蓄積してくると徐々に股関節の柔軟性が低下してくるため18、定期的にストレッチやマッサージなどの身体のケアをする習慣がないと維持しにくいような柔軟性でもあります。
そして、股関節が柔らかすぎると股関節を痛めてしまうリスクがあります。
余裕で開脚ができるような常人離れした柔軟性を持っているバレエダンサーは股関節を痛めていることが多いのが現状です。
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ストレッチをすると股関節が痛い
ストレッチをすると股関節が痛くなるという人もいます。
ストレッチによって痛みが生じる原因は様々なものがあり、ストレッチのやり過ぎ、骨が引っかかってしまうこと、筋力バランスの乱れ、股関節の変形など色々な可能性が考えられます。
違和感や痛みのない範囲でストレッチを行うことが基本であり、しつこい股関節の痛みがある場合には専門家に相談することが大切です。
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股関節の安定性とトレーニングの重要性
ストレッチをたくさん行い柔軟性が高まると、股関節が緩すぎて不安定になることがあります。
このような状態では股関節に痛みや怪我が起こりやすくなりますし19、足元が不安定になるため脚力がうまく伝わりにくくなります。
このためストレッチなどで柔軟性を高めると同時に、股関節周りを鍛えるトレーニングによって股関節の安定性を高めることも大切です。
柔らかさや筋力のどちらか一方だけでなく、両者のバランスを取ることが怪我予防やパフォーマンス向上の大事なポイントになります。
まとめ
股関節の柔軟性が高いことで投球動作が改善し、肘や肩の怪我予防、投球スピードの向上に役立ちます。
股関節の柔軟性は高ければ高いほど良いわけではなく、投球動作に必要な柔軟性を獲得し、定期的なストレッチや身体のケアで柔軟性を維持することが大切です。
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