重いボール(プライオボール)による投球練習とは?
近年では重い野球ボール(プライオボール)を使った投球練習が話題になることがあり、重さの違う野球ボールを使うことで投手の筋力強化やフォーム改善、さらには投球スピードの向上といった効果があります。
(Marsh et al 2018)
メジャーリーガーなども多く訪れている野球選手トレーニング施設のドライブラインにおいて、重いボールを使ったトレーニングを積極的に取り入れていることが話題になっている要因ではないかと思います。
メジャーリーグでサイヤング賞を獲得し、日本でも活躍したバウアー選手は自身の公式YouTubeなどにおいて重いボールを使った投球練習を紹介しています。
バウアー選手はただ重いボールを使って投げているというわけではなく、投球動作を色々な角度に分解し、様々なエクササイズで鍛えているという印象です。
一方で重いボールを使った投球練習は感覚を狂わせるといった声もあり、重いボールをどのように取り入れるのか、その効果やリスクについては議論があります。
同じく自分も重いボールを力一杯投げたりしません。
自分は1000g,450g,225gのプライオボールをキャッチボール前に3球ずつ壁に向けて投げるのみです。
力加減も5割いかないぐらいです。
それ以外でプライオボールを使うエクササイズは一切やっていません。 https://t.co/9qBWF88pFG— ダルビッシュ有(Yu Darvish) (@faridyu) November 10, 2019
重いボールによるトレーニング効果
重いボールを使った投球練習の効果に関する研究は昔からあり、その多くがピッチャーの投球スピードを向上させる効果があることが報告されています1。
全員に効果があるというほどではありませんが、半分以上の研究論文でピッチャーの投球速度が向上していることから再現性は高いのではないかと思います。
とはいえ重いボールをどのように取り入れるのか、どのようなエクササイズをやるのか?といった細かい議論は残ります。
当然ながら投球感覚が乱れてしまう、といった問題にも対処しながらトレーニングを進めていく必要があるかと思います。
重いボールによる怪我のリスク
肘や肩の負担が増える
重いボールを使った投球は肘や肩の負担が大きくなるというのは、なんとなく感覚的にわかる話であるかと思います。
しかし、ドライブラインによると重いボールによる投球は肘の負担が増えるどころか、むしろ肘の負荷を減らす効果があり怪我予防のためにも重いボールを取り入れた方がよいと主張しています2。
その根拠のひとつが重いボールを使った投球動作をモーションキャプチャーで分析した研究であり、重いボールで投げると肘の物理的負荷が減るという結果になっています3。
このモーションキャプチャーによる肘の負荷の解析には落とし穴があり、筋肉によって生み出される負荷が考慮されていないため正確な肘の負担を計算することができないのです4。
重いボールによるピッチングは投球速度が遅くなりますが、一方で筋力発揮が増えることで肘や肩の負荷が増えます。
しかし、モーションキャプチャーのアルゴリズムでは筋力発揮による負荷が考慮されないため、投球速度が遅くなっているから肘の負担が軽くなるという計算結果になってしまうのです4。
やはり重いボールを使った練習で肘や肩を痛めてしまったという声は少なからずありますし、重いボールを使った投球練習で怪我の発生率が増えたという研究結果も報告されています5。
危険すぎる練習方法だから止めるべきというほどではありませんが、重いボールを使った練習が怪我を減らすというのは言い過ぎであり、一定のリスクを認識した上で慎重に取り入れることが賢明であるかと思います。
投球動作が乱れる
重いボールを使った投球練習をやり過ぎると感覚が乱れるという声があります。
通常の野球ボールと比べると重いボールを使った投球動作では腕の振りが遅くなるというのが最も顕著な違いになります3。
個人差はありますが重いボールの投球時の肩の角度などが約1〜2°違うくらいで、重いボールによって直ちに腕の振りの軌道が全く違うものになるとは限りません4。
が、6週間から8週間と一定期間のプログラムを行うことで投球時の腕の軌道が徐々に変化していくことは珍しいことではありません7。
重いボールによる影響は単に投球時の腕の振りだけの話ではなく、筋肉の状態やコンディションに悪影響を及ぼす可能性があります。
重いボールを投げた直後は肩の可動域が低下することが報告されていて、ピッチャーの肩の内旋の可動域が約10°近くと大幅に減少するようです6。
このため重いボールを使った投球練習を続けていると肩の柔軟性が低下し、投球動作が徐々に乱れていくことは十分に考えられます。
乱れた投球動作でのピッチングは通常よりも肘や肩に大きな負担をかけてしまう可能性があるわけで、重いボールを使った投球練習をやり過ぎると感覚が乱れるという声があるのも納得できるものがあります。
重さの違うボールを使った投球練習のポイント
投球制限
ドライブラインが実施した重いボールを使った6週間の投球プログラムに関する研究論文では怪我人が一人もいなかったことが報告されています7。
ドライブラインが実施した研究論文によると、重いボールを使って無制限に投球練習をしたわけではなく、慎重にゆっくりと重いボールを取り入れていて怪我を防いでいたようです。
6週間のプログラムの最初は短い距離でのトスから初めていくと同時に、重りの入ったリストバンドを使ったエクササイズで肩周りのインナーマッスルを鍛えていくわけです。
(Marsh et al 2018)
重いボールに慣れてきたらロングトスを取り入れていくのですが、最初から全力で投げることはせずに半分くらいの力で投げていきます。
軽めのロングトスに慣れてきたら70%〜80%の力での投球と徐々に力を入れていくのですが、数週間かけて慣らしていくわけです。
このように重いボールを使った投球練習が安全であると主張しているドライブラインですら、投球制限を設けて、さらにはインナーマッスルの強化というプログラムも同時進行で取り入れて怪我人を減らしているわけです。
重いボールを使った投球練習が安全というのは、負荷が過剰にならないように慎重に管理された上で成り立つわけです。
肩や肘のケア
重いボールを使った投球練習では可動域が大幅に減少する可能性があるため、肩周りのストレッチやマッサージ、筋膜リリースなどでケアすることが大切になります。
(Marsh et al 2018)
ドライブラインによる重いボールを使った投球練習の研究論文においても、ウォームアップで肩の可動域を向上させるようなエクササイズを取り入れ、ストレッチや筋膜リリースなどの肩のケアが数十種類と多く取り入れられていますし、さらには電気刺激などによる物理療法の治療も投球プログラムに含まれています7。
ここまでくると重いボールを使った投球練習で怪我人はゼロだった、重いボールは安全であるというのを立証させるために必死すぎやしないか?という疑念が生じますが・・・
安全に重いボールを使った投球練習を行いたいのならば徹底した肩のケアは見習うべきではないかと思いますし、投球制限や肩のケアで怪我のリスクを十分に抑えられるのならば重いボールを使った投球プログラムを取り入れることに問題はないかと思います。
まとめ
重い野球ボール(プライオボール)を使ったトレーニングによってピッチャーの投球スピードを向上させる効果がありますが、重いボールは肘や肩の負担が増加し、可動域の低下や腕の振りの感覚の乱れ、さらには怪我のリスクを高める可能性があります。
安全に取り入れるためには投球制限と肩のケアをしっかりと行うことが大事になります。
<参考文献>
- Caldwell JE, Alexander FJ, Ahmad CS. Weighted-Ball Velocity Enhancement Programs for Baseball Pitchers: A Systematic Review. Orthop J Sports Med. 2019 Feb 12;7(2):2325967118825469. doi: 10.1177/2325967118825469. PMID: 30800693; PMCID: PMC6378453.
- https://www.drivelinebaseball.com/pitching-research-weighted-balls/?srsltid=AfmBOormltreCHMfq-m-YmF641N0CyKbJiaYgWHw124yFK0xCgVHZNSs
- Fleisig GS, Diffendaffer AZ, Aune KT, Ivey B, Laughlin WA. Biomechanical Analysis of Weighted-Ball Exercises for Baseball Pitchers. Sports Health. 2017 May/Jun;9(3):210-215. doi: 10.1177/1941738116679816. Epub 2016 Nov 1. PMID: 27872403; PMCID: PMC5435148.
- Sagawa, H. Computational Modeling of Glenohumeral Joint Reaction Force: The Effect of Weighted Baseball Throwing on Joint Reaction Force. [master's thesis]. Normal, IL: Illinois State University; 2020.
- Reinold MM, Macrina LC, Fleisig GS, Aune K, Andrews JR. Effect of a 6-Week Weighted Baseball Throwing Program on Pitch Velocity, Pitching Arm Biomechanics, Passive Range of Motion, and Injury Rates. Sports Health. 2018 Jul-Aug;10(4):327-333. doi: 10.1177/1941738118779909. Epub 2018 Jun 8. PMID: 29882722; PMCID: PMC6044122.
- Reinold MM, Macrina LC, Fleisig GS, Drogosz M, Andrews JR. Acute Effects of Weighted Baseball Throwing Programs on Shoulder Range of Motion. Sports Health. 2020 Sep/Oct;12(5):488-494. doi: 10.1177/1941738120925728. Epub 2020 Jun 29. PMID: 32598234; PMCID: PMC7485027.
- Marsh JA, Wagshol MI, Boddy KJ, O'Connell ME, Briend SJ, Lindley KE, Caravan A. Effects of a six-week weighted-implement throwing program on baseball pitching velocity, kinematics, arm stress, and arm range of motion. PeerJ. 2018 Nov 23;6:e6003. doi: 10.7717/peerj.6003. PMID: 30505636; PMCID: PMC6254244.