ピッチャーの肘の怪我の話題は尽きず、肘の手術という事態を防ぐために色々な議論がなされています。その議論のひとつにストレートの球速が速いほど肘に大きな負担がかかるというものがあります。特に球速の速いピッチャーは注目を集めることが多く、肘の怪我に苦しんでいることを目にすることも少なくありません。
ポイント
- 投球動作の解析上では球速が速いほど肘の負担が大きいという結果となります
- 肘の怪我をしたピッチャーは球速が速い傾向にあるようです
- 肘の怪我をしたピッチャーはストレートを投げる割合が多い傾向にあるようです
球速が速いほど肘の負担が大きい?
スポーツ医学における研究では球速が速いほど肘への負担が大きいと考えられています。
64名のプロのピッチャーの投球を分析したところ、球速が速いほどに肘関節の負担が大きいという結果になったそうです1。
ただし、同一人物のピッチャーの球速を比べた時には球速が速いほど肘への負担が高い結果となりますが、他のピッチャーと比べた時には他の要素により球速だけで肘の負担が高いとはならないようです。
参照https://www.hastings.edu/success-stories/diffendaffer-improves-athletic-safety-performance-through-biomechanical-research/
しかし肘への負担の算出方法は外からの力を物理学的に逆算しているのであって、筋肉をうまく使えているかどうかや、靭帯や骨の強さなど身体の中がどうなっているのか?というところまで計測しているわけではないことに注意が必要です。
詳しくはこちらで解説しています。
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ストレートの球速と怪我の発生率について
ストレートの球速が速いほど怪我が多い可能性があります。
- プロのピッチャー25名のストレートの球速を測定し、その3シーズンの怪我を調査した研究があり、肘の手術に限らず肘の怪我全般が起きているかどうかという点で調査をしているようです。その結果怪我をしたピッチャーは球速が速い傾向にあったそうです2。怪我をしたピッチャーが平均で89マイルだったのに対して、怪我をしていないピッチャーは平均で85マイルだったそうです。
- 肘の手術を受けたピッチャーとそうでないピッチャーの球速にほとんど差がなかったそうです。どちらもストレートの球速が平均で91マイルであり、球速が速いピッチャーが怪我をしやすいとは限らないという結果となっています。
このように異なる結果が出ており、議論はあるものの球速が肘の怪我に何かしらの関係はあるのかもしれませんね。
ストレートを投げる割合が怪我の原因?
ストレートばかり投げていると怪我をしやすい可能性もあるようです。
肘の怪我により手術を受けたメジャーリーガーの投球を怪我をする前の2シーズンにわたって分析した研究があり、肘の手術を受けたピッチャーはストレートを投げる割合が多かったそうです3。肘の手術を受けたピッチャーは約47%をストレート系の球種を投げているのに対して、怪我をしていないピッチャーはストレートが約40%と投げる割合が低くなっています。
(Prodromo et al 2016より引用)
しかし、別の研究では次の図のように肘の手術を受けたピッチャーとそうでないピッチャーとの間に、ストレートを投げる割合に違いはなかったという報告があります4。この研究では2003年から2015年に肘の手術を受けたメジャーリーグのピッチャーを対象として分析をしています。
両者の研究において違う結果が出ていますが、何をもってストレート(fastball)とするのかの定義が違っている可能性があります。さらに、それぞれの研究において投球内容を参照しているデータベースが違っているところも影響しているかもしれません。
いずれにせよ、負荷を分散させることは怪我を防ぐために役に立つのではないでしょうか。
まとめ
これらの結果を踏まえるとストレートの割合や、ピッチングの球速が一定程度は影響しているのかもしれませんが、肘の手術をしなければいけないほどの怪我となるかどうかの決定的な要因とまではいかないようです。というのもストレートの球速や球種はひとつの要因にすぎず、他にも靭帯の強さや日々のケアなどたくさんの要素が怪我に絡んでくるかと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
<参考文献>
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Slowik JS, Aune KT, Diffendaffer AZ, Cain EL, Dugas JR, Fleisig GS. Fastball Velocity and Elbow-Varus Torque in Professional Baseball Pitchers. J Athl Train. 2019;54(3):296-301.
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Bushnell BD, Anz AW, Noonan TJ, Torry MR, Hawkins RJ. Association of Maximum Pitch Velocity and Elbow Injury in Professional Baseball Pitchers. The American Journal of Sports Medicine. 2010;38(4):728-732.
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Keller RA, Marshall NE, Guest J-M, Okoroha KR, Jung EK, Moutzouros V. Major League Baseball pitch velocity and pitch type associated with risk of ulnar collateral ligament injury. J Shoulder Elbow Surg. 2016;25(4):671-675.
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Prodromo J, Patel N, Kumar N, Denehy K, Tabb LP, Tom J. Pitch Characteristics Before Ulnar Collateral Ligament Reconstruction in Major League Pitchers Compared With Age-Matched Controls. Orthopaedic Journal of Sports Medicine. 2016;4(6):232596711665394.