プロサッカー選手の引退について
サッカー選手のピークは25〜27歳と言われていますが、近年では30歳を超えたサッカー選手も徐々に増えてきています。
一方でサッカー選手として続けたいけれども、仕方がなくサッカー選手を引退せざるを得ないこともあります。
プロサッカー選手の現役引退には様々な理由がありますが、主に怪我とパフォーマンス低下を理由に引退することが多く、ある研究ではブンデスリーガのプロサッカー選手の6割が怪我で引退していることが報告されています1。
特に大きな怪我をしてしまうと選手寿命に大きな影響を与えることが多く、例えば半月板損傷をしたプロサッカー選手のキャリアが短くなることが報告されています2。
怪我の影響について
ピークを過ぎたサッカー選手の怪我
サッカー選手としてピークを過ぎた選手は、若い選手よりも怪我で苦労しやすい傾向にあり、同じ怪我であったとしても若い選手の方が簡単に乗り越えることができます。
例えば半月板損傷をしたサッカー選手でも若い選手に比べてキャリアを重ねている選手ほどサッカーに復帰するまでに時間がかかることが報告されています2。
30歳以上の半月板損傷だとサッカーの試合に復帰する確率が半分近くにまで減少することも報告されています3。
やはり若い選手に比べてしまうと、どうしても回復能力の低下などが影響してしまいます。
また、サッカー選手の約6割が医師が示すプランに納得がいっていないという研究結果があります4。
シーズンが終わるまで手術を控えてプレーし続けるなど、合理的な選択をしたくないという場合もあるかと思います。
特にベテランの選手ほど時間の余裕がなく、急いで復帰しないといけないのに、医師が示す合理的なプランはそれを叶えられそうになかったりします。
このため数パーセントの望みをかけて、自分がやりたい方向性で進めてくれる専門家を探し、その人の言葉を信じて非合理的な治療やリハビリをしてしまう場合も珍しくないかと思います。
欧州プロサッカー選手の前十字靭帯断裂が増えている
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ピークを過ぎた選手の怪我予防について
ピークを過ぎた選手は細胞の修復能力やリカバリー能力が低下しているため、怪我が良くなるのに時間がかかってしまいます。
この状態を改善していくためには、まずは怪我への耐性を高めることが重要です。
一般的に怪我予防となるとストレッチやマッサージ、治療機器など、リカバリー向上には栄養摂取、睡眠などが思いつくかもしれません。
しかし、ここでよく見逃されやすい点は絶対的な運動量やトレーニング量を増やすことです。
普段から運動量が多い選手の方が怪我への耐性が強く、実際に欧州サッカーチームを分析した研究ではプレシーズンの運動量が多い方が怪我をしにくいことが報告されています5。
積極的に走る選手、積極的に身体を鍛えている選手の方が30歳を超えても怪我が少なく、バリバリ現役でプレーしている印象があるかと思います。
運動量を増やして怪我への耐性をつけることが重要なのですが、一方で休みが少ないと怪我が増えてしまいます。
欧州のサッカーチームを分析した研究ではウィンターブレイクがないチームは怪我人が著しく増えることが報告されています6。
運動量は多過ぎても少な過ぎても怪我につながるため、丁度いい負荷を与えることが極めて重要なのですが、これが意外と難しいのです。
適切なトレーニング量について選手に説明すると、難しくてよくわからなかったという答えが返ってくることが多々あります。
「運動量は多過ぎても少な過ぎてもダメ」と普段から口酸っぱく言っているのに、過度なトレーニングで怪我してしまう事例も珍しくありません。
さらにはチーム事情や目標にしている試合など、身体の状態に合わせたトレーニングができない状況も多々あります。
しかし、残念ながら怪我は選手の都合に合わせて忖度してくれないのです。身体の方がはるかにワガママな生き物であり、選手が身体に合わせないと怪我が思うように解消されにくいのです。
パフォーマンス低下について
スプリント能力
怪我をしていない選手だったとしても年齢を重ねていくと、どうしてもフィジカルが低下しやすくなります。
スプリント能力の低下などで守備の強度を保つことができないなど、現代サッカーではフィジカルが弱いと戦力外になりやすい傾向にあります。
スプリント能力の低下は筋力が弱くなったことが原因と思うかもしれませんが、興味深いことにベテラン選手の筋肉量はそこまで落ちてはないことが報告されています7。
どちらかというと筋力の低下よりも神経伝達の問題という部分の影響が大きかったりします。
こういう話をすると爆発的動作のトレーニングなどで神経伝達を活性化させればいいという反応が返ってくることが多々ありますが、残念ながらそんなに単純なものではありません。
年齢を重ねた選手のスプリント能力やパワーを回復させるには、もっと複雑で緻密なトレーニングが求められます。
持久力の低下
ベテラン選手はスプリント走のスピードが落ちるだけではなく、スプリント回数も減っていきますし、試合中の運動量も減っていきます。
ある研究では年齢を重ねたサッカー選手は1年ごとに試合中のスプリント回数が約2%減っていき、1年ごとに試合中の走行距離が0.5%ずつ落ちていくことが報告されています8。
このように無酸素と有酸素それぞれの持久力が落ちていくため、試合でのパフォーマンスが低下しやすくなります。
持久力の低下を防ぐためにはトレーニングの質と量を高めていくことが重要であり、「質 x 量 = 総負荷」を増やしていくことが持久力強化のポイントになります。
質を高めるだけでもダメで、量を増やすだけでもダメで、どちらか一方に偏ってしまうと頑張っているのに持久力が伸びないということになりやすいと言えます。
そして、怪我の耐久性がないのに質と量を増やしてしまうと怪我のリスクが高まりますし、特にトレーニングの質と量の両方を同時に高めると怪我のリスクが跳ね上がります。
このため現実的には質と量のどちらか一方を高めて身体を適応させる、という地道なことを繰り返していくことが持久力の強化のポイントになります。
サッカースキル
身体的な衰えがあったとしてもサッカーのスキルやテクニックはベテラン選手の方が有利に働く可能性があり、ある研究では年齢を重ねるごとにパスの成功率が高くなっていくことが報告されています10。
ベテラン選手は経験値や技術で高いパフォーマンスを発揮する可能性はまだまだ残されていると思います。
まとめ
プロサッカー選手の6割が怪我を理由に引退しており、年齢を重ねると怪我の回復時間が長くなり、試合への復帰確率も下がっていきます。
スプリント能力や持久力の低下も著しく、スプリント回数や試合中の走行距離も減っていくため、パフォーマンスを維持するためには質と量を高めるようなトレーニングが大切になります。
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