大腿筋膜張筋が硬いのは良くないと言われることがありますし、大腿筋膜張筋が悪者扱いされることも珍しくありません。
ここで大腿筋膜張筋について科学的根拠を交えつつ、解説していきたいと思います。
大腿筋膜張筋とは?
大腿筋膜張筋は太ももの外側にある筋肉であり、歩いたり走ったりする際に脚が外側へぶれすぎないように制御することで、骨盤や股関節の安定化に貢献しています。
また、脚を前へ出したり、外側に開いたり、内側にねじったりといった股関節の動きを補助しています。
さらに、大腿筋膜張筋は太ももの外側を縦に走る腸脛靭帯という硬い腱組織とつながっており、股関節だけでなく膝関節の安定性にも関わっています。
大腿筋膜張筋が硬いことの問題点
お尻の筋肉の働きが悪くなる
大腿筋膜張筋が硬くなり過ぎてしまうと、お尻の筋肉が働きにくくなる可能性があります。
大腿筋膜張筋は股関節を前外側に動かす働きがありますが、この方向に強く引っ張られ過ぎるとお尻の筋肉の力が入りにくくなってしまいます。
その結果として、膝の負担が増えてしまったり、ランナー膝を引き起こしやすくなるなどの悪影響があります1。
実際にランナー膝を抱えている人は大腿筋膜張筋が硬い傾向にあり1、お尻の筋肉の活動量が低下し、大腿筋膜張筋の活動が増えていることが報告されています2・3。
大腿筋膜張筋をほぐして、お尻の筋肉の働きを活性化させるというのはランナー膝などでは基本のアプローチとなります。
股関節が詰まる
大腿筋膜張筋が硬くなり過ぎると、股関節が詰まりやすくなることがあります。
股関節の骨がぶるかるような違和感、股関節を動かすときの痛みを引き起こすことがあります。
これも股関節周りの筋肉のバランスが影響していて、どこか一部分が強かったり、あるいは弱すぎたりと一定方向に偏ってしまうと股関節がズレやすくなります。
大腿筋膜張筋が硬くなる原因
お尻の筋肉の弱さ
大腿筋膜張筋が硬くなってしまう原因には様々なものがありますが、まずはお尻の筋肉の働きが考えられます。
どちらも股関節を支える筋肉となりますが、お尻の筋肉が弱いと大腿筋膜張筋が代わりに頑張ってしまうことがあるわけです。
すると大腿筋膜張筋が硬くなっていき、ますますお尻の筋肉が使われにくくなるという悪循環にハマっていくこともあります。
このため大腿筋膜張筋の過剰な働きを抑えるためには、お尻の筋肉を活性化させていくことが大事になってくるわけです。
膝の不安定さ
大腿筋膜張筋の硬さの原因はお尻の筋肉にあると考えられることが多いですが、他の部分が影響していることも珍しくありません。
膝の不安定さを抱えていると、大腿筋膜張筋が硬くなることがあります。
というのも大腿筋膜張筋は膝の安定性に関わっていて、大腿筋膜張筋は腸脛靭帯につながり、膝の安定性に大きく貢献しています4。
このため膝周りの筋肉が弱く、膝が不安定な状態だと、大腿筋膜張筋を固めて膝の安定性を補おうとする働きがみられることがあります。
足首の不安定さ
大腿筋膜張筋の働きは足首の不安定さの影響を受けることがあります。
実際に足首の筋肉のバランスが悪い選手は大腿筋膜張筋の筋力が変化することが報告されています5。
どのようなシューズを履くかによって大腿筋膜張筋の活動が変化することがあり、筋肉の働きが過剰に増えることもあれば、抑制されることもあります6。
足首のバランスを整えて、ニュートラルな状態に持っていくことが大腿筋膜張筋の働きを最適化させるのに役立ちます。
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体幹の不安定さ
大腿筋膜張筋の硬さは体幹の筋肉の弱さから引き起こされることもあります。
例えば腹斜筋は膝のブレなどに関わっており、体幹が安定していないと大腿筋膜張筋を固めて安定性を補うことがあります。
他にも腹横筋などの呼吸に関わる筋肉が弱いと、腹圧が抜けやすく、大腿筋膜張筋が力んでしまうことがあります。
このように大腿筋膜張筋の働きというのは体幹なども含めて広範囲から影響を受けていて、思わぬところが硬さの原因になっていることがあります。
一部分だけを見るのではなく、身体全体のバランスを見極めるというのが大事なポイントになります。
改善方法
マッサージ
大腿筋膜張筋をほぐすにはフォームローラーを使うことが役立ちます。
股関節の外側の前部分をフォームローラーに乗せて身体を動かすことで、大腿筋膜張筋をほぐすことができます。
このマッサージは痛すぎることも珍しくなく、マッサージの痛みを和らげるには両手を床についてフォームローラーに体重を乗せすぎないことが役立ちます。
また、立った状態で足をクロスさせるようにして、股関節の前外側を伸ばすストレッチも大腿筋膜張筋をほぐすのに役立ちます。
トレーニング
大腿筋膜張筋の硬さを解消するためのはお尻の筋肉を鍛えていくことが役立ちます。
お尻の筋肉を刺激するエクササイズは様々なものがありますが、膝を痛めている人などは大腿筋膜張筋が過剰に働いてしまうことがあり、狙っているお尻の筋肉がうまく働かないことが珍しくありません7・8。
横になって股関節を開くクラムシェルのエクササイズはお尻に効かせることを目的としていますが、太ももの前部分に力が入り過ぎて、お尻の筋肉に効きにくくなることが珍しくありません。
この場合には大腿筋膜張筋を先にほぐしておくことや、体幹に力を入れた状態でクラムシェルのエクササイズを行うことなどが役立ちます。
エクササイズ時の微妙な角度なども影響しますが、どうしてもお尻に力を入れることが難しい場合には他のお尻のエクササイズから取り組むことが役立ちます。
また、大腿筋膜張筋の硬さは膝や足首、体幹などが原因となることがあるため、こういった部分のトレーニングに取り組むことも役立ちます。
よくある誤解について
大腿筋膜張筋を徹底的にほぐした方がいいですか?
大腿筋膜張筋が硬すぎるのは問題になるためマッサージやストレッチでほぐすことが役立ちます。
かといって、大腿筋膜張筋を徹底的にほぐしたからといって怪我が減るわけではありません。
やればやるほど効果があるわけではなく、ほぐすことで得られる効果には一定の限度があります。
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次のような脚の動きがスムーズにできれば、大腿筋膜張筋の硬さに大きな問題はないと考えれます。
大腿筋膜張筋は悪い筋肉ですか?
大腿筋膜張筋は悪い筋肉であるという論調を見かけることがあります。
確かに大腿筋膜張筋が強すぎると股関節の状態が悪くなりがちであるといった研究結果が報告されています9。
しかし、これは筋肉のバランスの問題であり、特定の筋肉ばかりが強くなりすぎることが問題であり、すべての筋肉をバランス良く鍛えることが大事になります。
大腿筋膜張筋は悪者扱いされがちですが、大腿筋膜張筋の筋力が弱すぎると問題を引き起こすことがあります。
例えば、大腿筋膜張筋は膝の安定性に関係していて、大腿筋膜張筋が弱いと前十字靭帯などの膝の怪我につながる可能性が示唆されています4。
他にも大腿筋膜張筋が弱いと股関節の内旋の可動域が小さい傾向にあるといった研究結果も報告されています10。
100m走を9秒台の記録を持つスプリンターは大腿筋膜張筋が大きく発達していることが報告されています11。
このように大腿筋膜張筋は悪い筋肉というわけではなく、特定の筋肉に偏らないようにバランスよく鍛えることが大切になります。
まとめ
大腿筋膜張筋が硬くなる原因はお尻や体幹の筋肉の働きの低下、膝や足首の不安定さなどが原因になることがあります。
大腿筋膜張筋の働きを最適化するには、マッサージやストレッチで硬くなった筋肉をほぐすこと、弱い筋肉をエクササイズで鍛えることが大切になります。
<参考文献>
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