一般的に天然の芝生でスポーツをするほうが怪我が少ないと言われていますが、実際に怪我をしやすいのかどうか?そしてそのメカニズムについて科学的根拠を踏まえつつご紹介していきたいと思います。
ポイント
- 天然の芝よりも人工芝のほうが怪我の発生率が少しばかり高い傾向にあるようです。
- 人工芝のほうがグリップ力や摩擦力が高く、これによって身体の負荷も高まるようです。
- 地面の柔らかさも身体への負荷を和らげる要素のひとつと考えられています。
地面の質による違い
人工芝と天然の芝が違うといっても具体的に何が違うのか?それぞれの要素をみていきましょう。
摩擦
摩擦が多いほどより大きな力を発揮しやすくなる一方で、身体に負荷がかかりやすくなったりする可能性があります1。
グリップ
科学的には牽引力(Shoe-surface Traction)などと呼ばれますが、分かりやすい言葉にするとグリップ力といったところでしょうか。
(Wannop et al 2019より引用)
- 一般的には天然の芝生よりも人工芝のほうがグリップ力が高い傾向にあるようです2。
- そしてグリップ力が高いと膝や足首の負荷が少しばかり増える傾向にあります3。
- グリップ力が高いシューズでは前十字靭帯断裂の発生率が高かったというデータもあるようです4。
(Lambson et al 1996より引用)
これらの研究結果を要約すると天然の芝生のほうがグリップ力が小さく、身体にかかる負荷も小さくなる可能性があるということになります。
硬さ
硬い地面は衝撃吸収してくれず、身体への負荷を高めてしまう可能性があります。
人工芝と天然の芝生を比べた研究は少ないですが、一般的に天然の芝生のほうが地面が柔らかいということに大きな異論はないかと思います。
そして、ひとくちに硬いといっても様々な種類があり、科学的には剛性や反発係数などで表すこともあります。
さらには人工芝の材質の違いによって影響を受けることもあります5。
天然芝と身体への負荷
天然の芝と比べると人工芝のほうが足への負荷が高い可能性があるようです6。
- ある研究では人工芝と天然芝では足底への圧力が違い、人工芝ではカッティング動作時につま先や小指の圧力が高い傾向にあることが報告されています7。
- 天然の芝生が人工芝と比べて前十字靭帯への負荷が軽い傾向にあります8。なお研究では献体の前十字靭帯に実際に負荷をかけて調べています。
このように人工芝のほうが身体への負荷が高く、天然芝のほうが身体の負荷が軽いようです。
天然芝の怪我の発生率
人工芝と比べると天然芝のほうが怪我の発生率が少ない傾向にあります。
- アメフトの10年間の調査では人工芝のほうが膝の怪我が多い傾向にあったそうです9。特に後十字靭帯損傷に著しい違いがあったようです。
- NFLにおける数シーズンの怪我を分析したところ、人工芝のほうが脚の怪我が多い傾向にあったそうです10。
- 一方でサッカーを対象とした研究では怪我の発生率に差はないという報告もあります11。
- 他のサッカーやラグビー、アメフトを対象とした研究ではでは足首の捻挫において差はみられたようですが、膝の怪我には微妙なところのようです12。
もしかするとスポーツによって怪我の違いがあるのかもしれませんが、全体的には天然芝よりも人工芝のほうが怪我しやすい傾向にあるということは読み取れるかと思います。
前十字靭帯断裂
あらゆる怪我の中でも前十字靭帯断裂は選手生命などへの影響度合い大きいです。
前十字靭帯断裂においてもどちらかというと人工芝のほうが怪我の発生率が少し高い傾向にあるようです。
- アメフトにおいて人工芝のほうが前十字靭帯断裂が多いようです13・14。
- 一方でサッカーでは前十字靭帯断裂に違いがなかったという研究結果があります14。
天然芝でのパフォーマンス
天然芝と人工芝では地面からの反発力や摩擦が違うため、スポーツでのパフォーマンスが微妙に変わることもあります。
- 天然芝のほうが人工芝に比べてスプリントの速度が遅くなる傾向にあるそうです15。これは人工芝が柔らかく地面からの反発をうまく得られないためにスプリント速度が低下してしまうといった可能性が考えられます。
- 一方で短い距離のダッシュやジグザグの動きではそこまで大きな違いがないという研究結果もあります16。
考察
天然芝で怪我が減る可能性はありますが、現実的には怪我の発生率はそんなに変わらないという面もあります。
先ほど紹介した一部の研究では人工芝では怪我の発生率が数倍に増えるという結果になってるのですが、
具体的には怪我の発生率が1万人に1人のところが2〜3人に増えるという、わずかな違いしかありません9・13。
天然芝でスポーツをすれば劇的に怪我が減る、と強く言えるほどの研究結果ではないということに注意が必要です。
天然芝のスタジアム建設という議論の際に、天然芝の方が怪我が減ることが根拠に挙げられることがあります。
天然芝を維持するには数千万円から数億円という高額なコストがかかることがありますが、費やした資金に比べると減らせる怪我はごくわずかであり、怪我を減らすために巨額の費用をかけて天然芝のスタジアムを維持するという主張は弱すぎると思います。
天然芝にそれだけの額を費やさなくても、ほんの少しの資金でアスリートの怪我を減らせる方法はいくらでもあります。
人工芝ではなく天然芝のスタジアムにするのならば怪我という観点ではなく、パフォーマンス面や興行収益などといった観点での議論が大切になるかと思います。
まとめ
グリップ力や摩擦、地面の柔らかさといった要素により、天然芝では怪我が減る可能性があります。
しかし、天然芝でスポーツをすれば劇的に怪我が減る、と言えるほどのものではないことに注意が必要です。
<参考文献>
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