ケニア人ランナー
ケニア人ランナーは長距離走やマラソンにおいて世界トップレベルの成績を収めていることで知られています。
マラソンの世界王者として君臨したキプチョゲ選手、現在のマラソンの世界記録を樹立したキプタム選手、箱根駅伝の留学生ランナーの活躍、ランニングブームに火がつく以前からも継続的に偉大なランナーを輩出しています。
ケニアに武者修行に行くランナーも珍しくなく、強くなるための秘密がケニアにあるのではないかと考えられています。
ケニア人ランナーの強さには遺伝的な要因、環境的な要因、文化的な背景など様々な議論が行われていて、スポーツ科学の観点からも多くの研究が行われています。
心肺機能
最大酸素摂取量はランニングのパフォーマンスに大きな影響を与える能力です。
ケニア人のエリートランナーは最大酸素摂取量が特別優れているわけではなく、他の地域のエリートランナーとの間に大きな差がないことが報告されています2。
マラソンランナーではない一般のケニア人の最大酸素摂取量は平凡なものであり、生まれつき心肺機能が強いわけではないことが報告されています2。
そもそも国際レベルのエリートランナーにおいては最大酸素摂取量と競技成績は必ずしも一致しないと言われています。
骨格
ケニア人ランナーの特徴のひとつに骨格が違うというものがあります。
ケニア人のエリートランナーはアキレス腱の構造や足部の骨の形に違いがあることが報告されています3〜5。
こういった特徴はテコの原理によってふくらはぎの負荷が小さくなるという優位性を生み出し、実際にケニア人ランナーは走っている時にふくらはぎの筋肉の活動量が低いことが報告されています6。
(Kunimasa et al 2014)
このようなアキレス腱や足部の骨の構造の優位性はマラソンをやっていないケニア人にも見られることが報告されており、練習によって獲得したものではなく先天的な優位性があると言えます5。
ケニア人ランナーは他にも細身で手足が長いこと、低体重などの傾向があり、これらの特徴によってランニング時の負荷が小さいと言われていますが、こういった要素はランニングエコノミーや競技成績との関連性はそこまで強くないことが報告されています7・8。
ランニングフォーム
ケニア人ランナーはランニング時の接地時間が短く、バネで跳ねるようなランニングフォームで走っていることが報告されています9。
そして、ランニングの接地時には膝を固めるような筋肉の使い方をしていることも報告されています10。
このようなバネを活かした走り方というのは酸素摂取量が少なく、少ないエネルギーで走ることができるためランニングエコノミーが良くなります。
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他にもケニア人ランナーは接地後の脚の引きつけが速いという走り方の特徴があります7。
脚を素早く引き上げ前方に出すことで物理的な優位性を生み出すことができ、特に短距離スプリンターの間では速く走るためのテクニックであると言われています。
また、ケニア人ランナーは上体が少しばかり前傾姿勢で走るという特徴があります7・11。
このような前傾姿勢になると、腸腰筋によって脚を素早く引き上げる動作を引き出しやすくなります12・13。
また、日本人ランナーと比べるとケニア人ランナーはランニング時の股関節のパワーが大きいことが報告されています11。
こちらも前傾姿勢で走ることによってお尻の筋肉の活動量が増えることが関係していると考えられます13。
このようなケニア人ランナーの特徴を踏まえると、前傾姿勢で走ることを真似してみるとパフォーマンス向上に役立つと思うかもしれません。
しかし、慣れていないランナーが前傾姿勢で走るとランニングエコノミーが悪化し、パフォーマンス低下を引き起こすことも報告されています12・13。
このようにケニア人ランナーのランニングフォームには一定の特徴があることが報告されていますが、それを真似することが役立つかというと微妙なところです。
また、ランニングフォームには個人差がありますし、ランニングフォームがどのくらい競技成績に貢献しているのかも不明です。
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筋肉
日本人ランナーと比べるとケニア人ランナーは内転筋やふくらはぎの筋肉が小さく、一方で腸腰筋やお尻の筋肉が発達している傾向にあることが報告されています12・14。
ふくらはぎの筋肉が少ないのは足の構造の優位性による影響、腸腰筋は接地後の脚の引きつけが素早いこと、お尻の筋肉はランニング時の股関節のパワーが大きいことが関係しているかと思います。
つまり、ウェイトトレーニングなどでケニア人ランナーのような筋肉に発達させても思うような結果が得られない可能性があり、骨格やランニングフォームなどの違いによるところも考慮する必要があります。
一方でケニア人ランナーの柔軟性については特別な違いは報告されておらず、ストレッチやマッサージなどの身体のケアに大きな違いはないかと思います。
練習メニュー
ケニア人ランナーの練習はテンポ走やショートインターバルが多く、一方でロングインターバルが少ない傾向にあることが報告されています15。
閾値走の設定ペースが上手いという話もちらほらありますが、主観的な部分も多いため何とも言えないところです。
一方でジョグや走行距離などには特別な違いは見られなかったそうです。
このようにケニア人ランナーの練習メニューには少なからず一定の特徴がありますが、そこまで特別な練習があるような印象はありません。
日本に来た留学生ランナーの活躍を見る限り、日本で同じ練習メニューをこなしたとしてもケニア人ランナーとの間には競技成績の違いがあるように思います。
国際レベルのケニア人エリートランナーは普段から走って学校に通っていたことが多いと報告されています16。
その半数以上が学校までの距離が5km以上になり、10kmを超えるような人も珍しくないようです。
ケニアでは必ずしも走って学校に行くわけではなく、マラソンをやっていない人は歩いて学校に行っている人の方が多いそうです。
とはいえ走って学校に行く人が一定数存在しており、珍しい光景ではなく、走ることが文化として溶け込んでいる環境があると思います。
ケニアでは若い頃からたくさんの走り込みをしやすい環境にありますが、ケニア人ランナーを調べた研究では競技開始年齢やランニングの総量は競技成績との関連性が弱いことも報告されています15。
このため走り込みの量を増やせばパフォーマンスが高まるというわけでもないようです。
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ケニアでは未舗装の道路も多く、不整地でのランニングによって足腰が強化されている可能性があります。
また、ケニアでは幼少期に裸足で走る人が珍しくないと言われていて、これによって足部が鍛えられている可能性も考えられます。
マラソンの世界記録を樹立したキプタム選手も学校まで裸足で走っていたと言われています17。
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高地トレーニング
国際的に活躍しているケニア人ランナーの多くが標高2000m前後の環境下で育っていることが報告されています1。
幼少期から高地でランニングをしていて、酸素の薄い高地の悪条件に適応していることが有利に働いていると考えられます。
一般的に高地トレーニングは血液中のヘモグロビンを増やすなど酸素摂取能力を高めることでランニングのパフォーマンスを高めると考えられていますが、ケニア人ランナーは最大酸素摂取量や血中のヘモグロビンの量が多いわけではありません1・2。
しかし、他国のエリートランナーはケニア人ランナーのように高地で激しい練習を継続することができず、オーバートレーニングに陥りやすいと言われています1。
こういったことから幼少期から高地で走っていたケニア人ランナーはオーバートレーニングになりにくく、継続的に高い強度での練習が可能であることも高いパフォーマンスを発揮できる理由かもしれません。
上述したようにケニア人の練習メニューはテンポ走やショートインターバルが多く、高い強度での練習を多く行っている傾向にありますが15、一般人がこれを真似しようと思うとオーバートレーニングによってコンディションを悪化させてしまうリスクがあります。
ケニアの過酷な環境で育ったランナーだからこそ、身体が丈夫なのかもしれません。
モチベーション
国際的に活躍しているケニア人ランナーの多くがリフトバレー州と呼ばれる特定の地域の出身者に集中していることが報告されています16。
マラソン世界王者だったキプチョゲ選手、フルマラソン世界記録保持者のキプタム選手もケニアのリフトバレー州の出身です。
このことからケニア人ランナーの強さには遺伝的要因に加えて、環境的要因も大きく関わっている可能性があります。
国際レベルのケニア人ランナーに対するアンケート調査を行った研究では、ランニングへのモチベーションは経済的な理由によるものが最も多く、マラソンで活躍してお金を稼いで家族を養いたいといった理由が多く見受けられたそうです16。
その次にマラソンが強いという伝統があって、ランニングをすることは自然なことというモチベーションがあります。
3番目に多かった理由が才能に恵まれているからであり、オリンピックでの栄光を味わいたいというのが4番目となっています。
このようなアンケート調査の結果を見ると、日本人ランナーとは随分と違うモチベーションでランニングに取り組んでいる印象を受けます。
栄養
ケニアの伝統的な食事がマラソンに適しているのではないか、という考察があります。
血液検査で調べてみるととケニア人ランナーは栄養状態が優れているわけではなく、血液中の酸素を運搬するモグロビンの量にも違いはなかったことが報告されています12・18。
ケニアの食文化は脂が少ないためカロリー摂取量が低く、栄養が不足している場合もありますが、ケニア人ランナーはカロリー摂取量が低くてもオーバートレーニングになりにくいことが報告されています19。
ケニアの食文化はカロリー摂取量が少ないことによって骨密度が低くなるなど一定のリスクがあるとする報告もあり19・20、この食文化に慣れていない日本人ランナーは真似しない方がよいと言えます。
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まとめ
ケニア人ランナーは先天的にアキレス腱や足部の骨が有利な構造をしており、バネで跳ねるような走り方で優れたランニングエコノミーがあります。
それに加えて、幼少期からの通学時のランニング、高地環境でのトレーニング、不整地や裸足でのランニング、脂の少ないケニアの食文化、経済的な理由によるランニングへのモチベーション、世界的ランナーを多く輩出している文化的背景など、悪条件の中でも走り続けている強靭さが強さの秘密かもしれません。
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