厚底カーボンシューズはカーボンプレートの反発力によって中長距離走のタイムを大幅に改善させる効果がありますが、一方で従来のシューズとは異なる力学的特性を持つため、特有の怪我のリスクも指摘されています。
本記事では、これらのリスクを理解し、安全に厚底カーボンシューズを履きこなすための方法について解説します。
厚底カーボンシューズによる怪我
厚底カーボンシューズが登場した当初は慣れていない選手も多く、股関節の怪我が増えているという研究結果が報告されています1。
近年では厚底カーボンシューズのラインナップが増えてきたことにより相性の良いシューズを選びやすくなっていること、厚底カーボンと薄底シューズの履き分けといった対策なども取られるようになってきています。
とはいえ厚底カーボンシューズを履きこなすことは意外と難しく、怪我を引き起こしてしまう事例もまだまだあるかと思います。
厚底カーボンシューズでの練習量を減らしたり、ストレッチやマッサージなどの身体のケアで怪我を防ぐといった考え方もあるかもしれません。
しかし、そもそもの問題は厚底カーボンシューズを履きこなすためにはどうしたらいいのか?という点ではないでしょうか。
ランニングフォーム
股関節
一般的に厚底カーボンシューズによって反発力が高まり、ランニング時のストライドが大きくなります。
いわゆる跳ねるようなランニングフォームになり、それにうまく適応できていないと怪我へとつながる可能性があります。
さらには股関節をうまく使えていないだとか、うまく厚底カーボンシューズを履きこなせていないだとか言われてしまうこともあるのではないでしょうか。
臀部の筋力が強い方が有利に働く可能性はありますが、筋力が強いだけで厚底カーボンシューズをうまく履きこなせるとは限りません。
というのもケニアの国際レベルのランナーでさえも相性の悪い厚底カーボンプシューズを履いてしまうとパフォーマンスが落ちることが報告されています2。
こういったケニアの選手は日本人選手よりも臀筋が発達していると言われていますが、やはりシューズとの相性による影響は少なからずあるようです。
カーボンプレートなどによってシューズの剛性を高めると、意外にも股関節の負荷が減るという研究結果が報告されています3。
例えばアシックスの上級者モデルであるメタスピードスカイ、ランニングフォームを分析すると股関節に力が入りにくいのも納得です。(専門用語で言えば股関節のモーメントアームが短く、股関節トルクが小さくなりやすいと)
ストライドを大きくして厚底カーボンシューズの恩恵を受けるためには、股関節で後方に蹴り出すような力を加えるというよりも地面に対して垂直方向に力を加えることがポイントになります。
このためトレーニングで股関節を強化すること、特に垂直方向の強化によってランニング時により大きな力を加えやすくなりますし、股関節の怪我を減らすことはできるかもしれません。
しかし、厚底カーボンシューズを履きこなすためには股関節だけを強化すればいいわけではありません。
厚底カーボンシューズなど反発力の高いシューズを履くと、膝周りの筋肉の働きも求められることが報告されています3。
このため厚底カーボンシューズの機能を十分に引き出すためには、それを支えるための膝周りの筋肉も鍛えておくことが大事になります。
ふくらはぎ
カーボンプレートの反発力がふくらはぎに似たような役割を果たします。
このため理論上はふくらはぎの筋肉の働きが減りますし、実際にふくらはぎの筋肉の活動量が減少していることが報告されています4。
しかし、厚底カーボンシューズで走るとふくらはぎの筋肉が攣るという事例も起こります。
ストレッチやマッサージでふくらはぎをほぐすことや、トレーニングでふくらはぎを鍛えることが基本となりますが、厚底カーボンシューズを履いた時のふくらはぎの痙攣が改善しにくいこともあります。
厚底カーボンシューズがふくらはぎの負担が増える場合というのは、シューズがフィットしていない、不安定でぐらつくことが理由として考えられます。
このためふくらはぎの負担を減らすためにはシューズを履いた時の不安定さを解消することが大事なポイントになります。
つま先
つま先立ち、フォアフットに近い状態でのランニングを強制されるという意見もあります。
バランスを取るためにつま先が内側や外側を向いてしまう状態などが引き起こされることもあります。
この状態だと膝や股関節の負担が増える可能性があり、ランニングへの怪我へとつながる可能性が考えられます。
このため厚底カーボンシューズを履きこなすためには足の指の筋肉も大事になってきます。
厚底カーボンシューズを履くと足の指の筋肉の働きがより求められるという研究結果も報告されています3。
(Song et al 2024)
また、厚底カーボンシューズを履くことで足部の疲労骨折が起こりやすいということが報告されています5。
これはフォアフットに近い状態でのランニングを強制されやすいことが疲労骨折につながっていると考えられます。
この点についてはカーボンプレートがカーブ形状になっているシューズの方が骨の負荷が減るなど、シューズ次第で負荷が変わってくる部分でもあります6。
厚底カーボンシューズの怪我のリスクを減らす対策
身体に合ったシューズの選択
厚底カーボンプレートでの怪我を減らすためには身体に合ったシューズを選ぶことが大切です。
理論的にシューズを選ぶよりも、主観的に心地よいと感じられるシューズの方が怪我を減らすという研究結果もあるくらいです7。
お店で履いてみて良い感触であることだけでなく、実際に外を走ってみて心地よい感覚があるか確かめた方がいいでしょう。
やはり厚底カーボンプレートはそれなりのスピードで走った時の働きが重要になってくるかと思います。
身体に合ったシューズを選ぶというのは本来ならば厚底シューズに限った話ではありませんが、特定のシューズが好記録が出やすいという現状があるため、ついつい身体に合わないシューズを無理矢理履いてしまうことがあります。
冷静に身体に合ったシューズを見極めることが厚底カーボンシューズによる怪我を防ぐポイントになるかと思います。
ランニング量の調整
身体に合う厚底カーボンシューズを選ぶことができたとしても、速いスピードで走ること自体に大きな負荷がかかります。
厚底カーボンプレートのシューズを履いた状態でたくさんランニングをすると怪我のリスクが高まるので、シューズの履き分けやスピード練習の量を調整するなど、負荷がかかりすぎないようにすることも怪我予防のポイントになります。
厚底カーボンシューズを履きこなすトレーニング
片足バランス
厚底カーボンシューズを履きこなすためには、まずはシューズを履いた状態での片足バランスを改善していきます。
反発力や推進力が高いシューズや上級者モデルのシューズは意外と安定性が弱く、バランスを崩しやすかったりします。
片足でふらついたら姿勢を立て直すといったバランスをとる練習ではなく、そもそもブレさせないことが大事なポイントになります。
バランス感覚を鍛えるのではなく、弱い筋肉を鍛えて片足立ちを安定させていくことが大事です。
片足ジャンプ
片足バランスがうまくできるようになったら、厚底カーボンシューズを履いた状態での片足ジャンプに取り組んでいきます。
片足ジャンプを安定させるのは少し難しくなりますが、ランニングよりは簡単な動作であると言えます。
これがうまくできなかったら負荷が高いランニング動作時に厚底カーボンシューズをうまく履きこなすことは難しくなるかと思います。
まずは立ち幅跳びに取り組んでいきます。着地は片足で行います。
大事なポイントは着地した瞬間のバランスであり、手足を使ってバランスを取るのではなく、そもそもブレさせないことが大切です。
立ち幅跳びがうまくできるようになったら高さを加えたジャンプに取り組んでいきます。着地は片足で行います。
垂直方向に力が加わるので厚底カーボンシューズでの走りにより近い形になりますが、着地をブレさせないことがポイントです。
筋肉がバランス良く鍛えられていないと着地がブレやすく、弱い筋肉を鍛えていくことが必要になります。
ウェイトトレーニング
厚底カーボンシューズの高い反発力に耐えられる肉体を作るためには、ウェイトトレーニングで筋力強化することも役立ちます。
スクワットは垂直方向の脚力を総合的に鍛えることができ、厚底カーボンシューズの垂直方向に働く力に適していると言えます。
レッグエクステンションは大腿四頭筋を鍛えることができ、厚底カーボンシューズによるストライドの増加によって不安定になりがちな膝の動きを安定させる働きがあります。
レッグカールでハムストリングスを鍛えることで、厚底カーボンシューズによって使われやすい大腿四頭筋とのバランスを調整することができます。
カーフレイズでふくらはぎを鍛えることは、厚底カーボンシューズによって働きが弱くなりやすいふくらはぎの筋力を補うことができます。
足の指のトレーニング
厚底カーボンシューズの不安定さを解消するためには、足の指のトレーニングに取り組むことも役立ちます。
タオルギャザーと言われる足の指を使ってタオルを引き寄せるエクササイズ、足の指でグーチョキパーの動きをするエクササイズなどが基本的なものになります。
また、スポーツ医学の論文などで紹介されることが多いショートフットエクササイズも役立ちます。
足の指をぎゅっと縮めるように力を入れ、足のアーチをつくって足の長さが少し短くなるような姿勢を維持するトレーニングです。
(Tourillon et al 2019)
このショートフットと呼ばれる姿勢を維持しながら、片足バランスをキープするように様々な負荷を加えてトレーニングを行うことで厚底カーボンシューズを履いた時の不安定さの改善につながります。
(Tourillon et al 2019)
まとめ
厚底カーボンシューズはパフォーマンス向上に役立ちますが、特有の怪我のリスクも伴います。
厚底カーボンシューズによる怪我を防ぐためには、適切なランニングフォーム、各部位の筋力強化、適切なシューズ選び、そして段階的なシューズの導入がポイントになります。
痛みを感じたら無理をせずに専門家に相談することが大切です。
ランナー膝が治らない場合に考えられる原因
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<参考文献>
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