肘の痛み

投球制限でピッチャーの怪我が減らない事例について

2024年9月3日

 

投球制限とは?

ピッチャーの投球制限は投げすぎによる肘や肩の怪我を防止するために設けられており、例えば高校野球では1週間で投げられる球数の上限が500球と定められています。

投球制限が導入された背景には選手を守るための強い意識があり、特に高校野球では過度な投球が原因で肩や肘に深刻な怪我を負う選手が増えていて、将来の野球キャリアに悪影響を及ぼすケースが多発していたことがあります。

また、アメリカのメジャーリーグや日本のプロ野球でも若い選手の投球数を制限する動きが広がっており、投球数が多いピッチャーは肘の怪我しやすいという研究結果も増えてきています

野球ピッチャー

たくさん投げて鍛えるという考え方もあるかもしれませんが、肘の靭帯などは筋肉のように簡単に強化できるようなものではなく、たくさん投げても耐久力がつきにくいという性質があります。

こういった規制がないと無理にピッチャー投げさせて、ダメージが十分に回復しないまま選手が酷使されてしまう可能性があるわけです。

 

投球制限で実際に怪我は減っているのか?

整形外科医によるとピッチャーの投球制限によって怪我が減っているという声があり、投げ過ぎを抑制することはピッチャーを守るために一定の効果があると言えます。

近年では肘や肩の痛みを訴えて診察、治療に来る高校球児の数はかなり減少していると思います。これは小中学生も同じ傾向にあります。

https://number.bunshun.jp/articles/-/854378

 

メジャーリーグでは厳格な投球制限のルールはありませんが、故障を減らすために投球数を管理することが多々あります。

しかし、投球数の管理によって怪我が減らないどころか、むしろ故障するピッチャーが増えているという声もあります。

こうなるとピッチャーの投球制限はどのくらい効果があるのだろうか?という疑問が生まれるかもしれません。

制限を設け大事に育てているのに、ケガはむしろ増えている。15年先発投手の負傷者リスト入りは73件だったのに、21年は179件、22年は169件、今季は173件ペースである。

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2023/09/03/kiji/20230903s00001007502000c.html

 

投球制限の科学的根拠

一般的にピッチャーの投球制限は成長期の野球選手を中心に怪我を防ぐ効果があります。

小学生に対する投球制限を調べた研究では1試合70球の投球制限を導入することで肘の痛みが減ることが報告されています

リトルリーグで投球制限を超えた選手は手術が多い、投球制限を守った選手は手術になることが少ないことが報告されています

ピッチャー投球動作

一方でメジャーリーグの投球数を分析した研究では、1試合の投球数よりもシーズンを通した投球数など長期間での投球数の蓄積の影響が大きいことが報告されています4・5

このように投球制限に対する科学的根拠を調べてみると、投球制限は成長期のピッチャーに対して効果がありますが、メジャーリーグの場合には投球制限の効果が少し劣る傾向があるかもしれません。

 

投球制限で怪我が減らない理由

長期的な視点な投球数の制限

ピッチャーの肘の怪我は長期的な肘のダメージの蓄積が影響していることがあるため、1試合あたりの投球制限だけでは限界があります。

どんなにアイシングやストレッチ、マッサージをしたとしても回復量には限りがあるため、試合を重ねていくと肘や肩のダメージが蓄積されていくことが多々あります。

このため1試合や1週間単位での投球制限だけではなく、数ヶ月やシーズン単位での投球制限が大事になってきます。

ピッチャー

しかし、シーズン単位での長期的な投球数を制限したところでピッチャーの怪我を減らせないという研究結果もあります

このため長期間の投球数だけでなく、短期間での投球数と両方に制限をかけることでピッチャーの怪我を減らすために大事であると提唱されることがあります

とはいえ投球制限の対象とならないブルペンなどでの投球、自主練習などのチームに申告しない投球練習なども多く、正確な投球数を把握することは困難が伴います

 

投球の強度を考慮できない

投球制限の短所として投球スピードや変化球など、投球の質を考慮しにくいという点があります。

実際に投球スピードを考慮した上で投球数を分析すると、肘の怪我の予測の精度が上がる可能性があることが報告されています

近年ではピッチャーの球速が上がってきており、ピッチャーの肘の負担も大きくなってきているため単純な投球制限だけでは限界があります。

メジャーリーグの投手の球速について

■95マイル以上のフォーシーム、シンカーの割合
2008年 13%
2023年 35%

■85マイル(約137キロ)以上の変化球の数
2008年 3万3956球
2023年 7万7300球

https://number.bunshun.jp/articles/-/861478?page=1

 

実際に投球スピードが上がるほど怪我の発生率は多くなることが報告されており、投球の質も考慮していくことがポイントになるかと思います。

球速が速いピッチャーほど肘を怪我しやすいのか?

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明確な線引きの難しさ

投球制限で怪我が減らない、むしろ怪我が増えているというデータも少なからすありますが、少なくとも投球制限の有効性を否定するほどのものではないかと思います。

どちらかというと、大人のピッチャーの理想的な投球数を明確に導き出すことが困難であるという問題ではないかと感じています。

数ヶ月単位やシーズン単位での投球数の管理、投球スピードを含めた上での投球制限など色々な可能性が考えられますが、やはりどうしても耐えられる投球数には個人差が生まれやすいと思います。

野球ピッチャー

理想論を言えば誰にでも効果があるような明確なルールを導き出すことかもしれませんが、スポーツ医学の研究やAIなどで簡単に導き出せるものではありません。

現実的な解決策としは、選手個人に合わせて運用していくことが大事になるのではないかと思います。

例えば、この選手は60球以上投げると怪我をしやすい、だったら1試合に60球を超えないようにするなど・・・。

ピッチャーは1試合に100球は投げるべきだ、などという理想を押し付けずに現実のキャパシティに合わせることが大事だと思います。

 

最適な理論を構築することだけが怪我予防の方法ではありませんし、理論ばかりに囚われてしまうと本末転倒になることも珍しくありません。

身体の声に耳を傾け、反応を見ながら現実的な調整していくことが怪我を防ぐために重要なことだと思います。

 

まとめ

ピッチャーの投球制限は肘や肩の怪我を防ぐ効果がありますが、成人したピッチャーなどで理想的な投球数の目安が不明確であることがあります。

1試合や1週間といった短期間での投球数だけでなく、シーズン単位での投球数や投球の質など他の要素も考慮していくことが必要になることがあります。

そして、理論的な数値だけではなく、本人の現実的なキャパシティを見極めて投球数を管理することが大切になります。

 

<参考文献>

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  9. Zaremski JL, Pazik M, Vasilopoulos T, Horodyski M. Workload Risk Factors for Pitching-Related Injuries in High School Baseball Pitchers. Am J Sports Med. 2024 Jun;52(7):1685-1691. doi: 10.1177/03635465241246559. Epub 2024 May 3. PMID: 38700088.

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