成長期のピッチャーが変化球を投げると肘に負担がかかりやすいと言われることがあるかと思います。
骨など発達し成長過程にある選手に高い負荷をかけ続けると故障しやすいのですが、本当に変化球を投げることが負荷を生み出しているのでしょうか?
ポイント
- 統計上は変化球で怪我の発生率は微妙なところかもしれません
- 投球動作解析ではストレートのほうが負荷が高いという結果になります
- 投球動作解析は球速に大きく左右され、筋肉の働きの影響が十分に考慮されていません
変化球と怪我の発生率について
変化球を投げることで怪我が増えるかどうかは議論が分かれるところです。
- 478名のジュニア世代のピッチャーをアンケート調査したところ、ストレートだけでなくカーブやスライダーを投げているピッチャーのほうが肘や肩を痛めやすい傾向にあるそうです1。
- 一方で別の研究で肘や肩を手術したことがあるピッチャー95名にアンケート調査をしたところ、変化球を投げる頻度と肘の手術には重要な関係がみられなかったそうです2。
- カーブを投げることでピッチャーの故障が増えたという研究結果は意外と少ないようです3。
統計上は意見が分かれるところですが、変化球で肘や肩を痛めるという意見もあるので実際に投球動作の解析結果なども考慮したほうがいいのかもしれません。
ストレートと変化球のどちらが負荷が高いのか?
スポーツ医学の研究ではストレートのほうが負荷が高いという結果になっています。
- ストレートと変化球の投球動作を解析した研究があります。この研究では29名のジュニア世代のピッチャーにストレート、カーブ、チェンジアップの3種類を投げてもらっているようで、ストレートは変化球と比べて全体的に負荷が高いようですが、特に肘への負担が大きいようです4。
- 他の研究でもストレートとカーブの投球動作を解析しているものがありますが、こちらもストレートのほうが負荷が高い結果となっております5。
このようにモーションキャプチャーによる実験結果では肘への負担が大きいと算出されますが、実際に身体にかかる負荷は少々違ってくるかと思います。
負荷の算定の仕組みが影響している?
投球動作の解析においては変化球よりもストレートのほうが負荷が高いという結果になりますが、どのように負荷を算定されているのかというメカニズムを知ることも大切です。
参照https://www.hastings.edu/success-stories/diffendaffer-improves-athletic-safety-performance-through-biomechanical-research/
先ほど紹介したモーションキャプチャーを使って投球動作を解析しているのですが、モーションキャプチャーを使った肘や肩の関節の負荷の算定は、主に次の2点によって大きく影響を受ける可能性があります(同一人物の投球動作を解析した場合)。
- 腕の位置が関節からどれだけ離れているか?
- 物体がどれだけ速く動いているか?
特に腕の位置が関節からどれだけ離れているのかはテコの原理をうまく活かせるのかどうかに関係してきます。
誤解を招くかもしれませんが、簡単にいうならば身体からより遠いところに腕やボールが位置しているほどに負荷が高くなります。仮にストレートと変化球で似たような軌道の腕の振りだった場合には、この影響は小さくなっていきます。
モーションキャプチャーの性質を考えると、関節やボールがどれだけ速く動いているのかが負荷の算定に大きな影響を及ぼします。一般的に球速が速いほうが関節の負荷が高く算出される傾向にあるということです。
これらを踏まえると、先ほどの研究でストレートのほうが変化球よりも関節への負荷が高いのは、ストレートのほうが球速が速いというところが大きいと思います。ここにモーションキャプチャーを使った関節の負荷の計算式の弱点があるわけですね。
筋肉を上手に使えているのか?力を効率的に伝達しているのか?全身をうまく連動させているのか?というような要素の分析には限界がある方法と言えます。
変化球の回転数と肘の怪我
同じ変化球であったとしてもボールの回転数によって変化球のキレが変わってきますし、肘の負担が変わってくる可能性があります。
メジャーリーグで選手の変化球の回転数を調べた研究では、変化球の回転数と肘の手術に関係性が見られ、特にカットボールの回転数などが肘の怪我につながる可能性があることが報告されています6。
前述したモーションキャプチャーによる投球動作分析などでは手先の細かな動きやボールの回転数などを正確に評価することが難しいため、変化球のキレという要素が考慮されていないことがあります。
まとめ
研究ではストレートのほうが負荷が高いという結果になりやすいのですが、肘の負担はそれだけで決まるものではありません。
筋肉を上手に使えているのか?力を効率的に伝達しているのか?全身をうまく連動させているのか?などという点もしっかり考慮することが大事ではないかと思います。
<参考文献>
- Lyman S, Fleisig GS, Andrews JR, Osinski ED. Effect of pitch type, pitch count, and pitching mechanics on risk of elbow and shoulder pain in youth baseball pitchers. Am J Sports Med. 2002;30(4):463-468.
- Olsen SJ, Fleisig GS, Dun S, Loftice J, Andrews JR. Risk factors for shoulder and elbow injuries in adolescent baseball pitchers. Am J Sports Med. 2006;34(6):905-912.
- Grantham WJ, Iyengar JJ, Byram IR, Ahmad CS. The Curveball as a Risk Factor for Injury: A Systematic Review. Sports Health. 2015;7(1):19-26.
- Dun S, Loftice J, Fleisig GS, Kingsley D, Andrews JR. A Biomechanical Comparison of Youth Baseball Pitches: Is the Curveball Potentially Harmful? The American Journal of Sports Medicine. 2008;36(4):686-692.
- Nissen CW, Westwell M, Õunpuu S, Patel M, Solomito M, Tate J. A Biomechanical Comparison of the Fastball and Curveball in Adolescent Baseball Pitchers. The American Journal of Sports Medicine. 2009;37(8):1492-1498.
- Mayo BC, Miller A, Patetta MJ, Schwarzman GR, Chen JW, Haden M, Secretov E, Hutchinson MR. Preventing Tommy John Surgery: The Identification of Trends in Pitch Selection, Velocity, and Spin Rate Before Ulnar Collateral Ligament Reconstruction in Major League Baseball Pitchers. Orthop J Sports Med. 2021 Jun 15;9(6):23259671211012364. doi: 10.1177/23259671211012364. PMID: 34189147; PMCID: PMC8209837.