爆発的なダッシュ力は大きな武器になり、ダッシュ力を鍛えたいという選手は多いかと思います。
しかし、たくさん鍛えても思うように加速力が伸びないということも珍しくありません。
ここで爆発的加速のメカニズムや、ダッシュ力を高めるためのトレーニングについて解説していきます。
爆発的加速のメカニズム:水平方向への力の重要性
爆発的な加速をしている選手は深い前傾姿勢で走っています。
スプリント走で爆発的加速を生み出すには地面に対して後方に力を加えることがポイントになります1~3。
具体的には下半身で後方の水平方向により大きな力を加えると、力のベクトルが変化して深い前傾姿勢での加速になるというわけです。
実際に垂直跳びの高さよりも立ち幅跳びの飛距離の方がスプリント走の加速力に強い関係性があることが報告されています4・5。
これは水平方向への脚力がスタートダッシュに重要であることを示しています。
しかし、スタートダッシュが速い選手は前傾姿勢であるからと、無理に前傾姿勢を作ってもあまり役に立ちません。
実際にスプリント走で意図的に前傾して走ってもスピードに変化はないという研究結果が報告されています1。
水平方向への脚力をアップさせた結果として、スタートダッシュが前傾姿勢になることが重要なのです。
スタートダッシュの加速力を高めるトレーニング
大臀筋
大臀筋は股関節の伸展の役割があり、スプリントの加速局面においては水平方向への力を生み出し、スタートダッシュの爆発的パワーを実現するための重要な筋肉です6。
脚力を鍛える王道のトレーニングと言えばスクワットであり、特に深くまでバーベルを下げるフルスクワットが役立ちます。
ハーフスクワットに比べるとフルスクワットは大臀筋により効かせることができるため、スクワットに取り組むときには腰を深く落としてフルスクワットで鍛えることが加速力を高めるポイントです。
また、加速力を高めるためにはヒップスラストが役立ち、水平方向の力を強化するのに効果的なエクササイズであり、スクワットよりもスプリント走の加速局面との関連性が強いことが報告されています5。
また、水平方向の脚力強化には重いものを押しながら進むようなトレーニングも役立ちます。
これは大臀筋を使って水平方向に力を加えることができる、より実践的なエクササイズになります。
ハムストリングス
ハムストリングスの筋肉も水平方向への力を生み出すための重要な筋肉であり、爆発的スタートダッシュに欠かせない筋肉です7。
スクワットは脚力を総合的に鍛える王道のトレーニングですが、スクワットのエクササイズではハムストリングスの筋肉量があまり増えないことが報告されています8。
このためレッグカールなど、ハムストリングスを鍛えることができるトレーニングを加えることが重要になります。
デッドリフトのエクササイズはスプリント走の加速局面に近い前傾姿勢でハムストリングスを鍛えることができるため、実戦的な筋力を鍛えるのに役立ちます。
デッドリフトは腰の負担が大きく、特に慣れていない選手は怪我のリスクが高いため注意が必要です。
不適切なフォームでデッドリフトを行うと腰痛を引き起こしやすく、綺麗なフォームを維持しながらデッドリフトを行うことが大切です。
また、急に激しいトレーニングをするのではなく、少しずつ取り入れて身体を慣らしながら行うことが怪我予防のポイントになります。
疲労も蓄積しやすいためストレッチやマッサージなどの身体のケアも忘れずに行うことも大切です。
大腿四頭筋
大腿四頭筋は膝を安定させる筋肉であり、大きなパワーで走る時には膝周りが安定していることも重要になってきます。
身体が不安定でブレやすい状態では、力が逃げてしまいやすくなり、脚力があっても加速力が落ちてしまいます。
片足ジャンプの着地時などに膝がブレてしまう場合には、大腿四頭筋などが弱い可能性が考えられます。
スクワットなどで大腿四頭筋を鍛えることができますが、より集中的に鍛えるならば膝を伸ばすレッグカールのエクササイズが役に立ちます。
内転筋
内転筋も膝を安定させる役割がある筋肉であり、内転筋が弱いと大きなパワーを支えにくくなってしまい、力がうまく伝わりにくくなります。
ワイドスクワットを行ったときに、膝がブレてしまったり、膝が内側に入ってしまうような場合には内転筋などが弱い可能性があります。
内転筋を鍛えるには、膝を閉じる動きに重量をかけるようなヒップアダクターのマシンが役立ちます。
マシンを使わない場合でも、ボールやタオルを膝に挟んで押しつぶすことで内転筋を鍛えることができます。
腹斜筋
スタートダッシュの加速力を高めるには体幹の筋肉を鍛えることが重要ですが、その中でも腹斜筋がポイントになります。
腹斜筋を鍛えることで左右のブレが抑えられ、脚力の最大出力が上がりやすくなります。
腹斜筋を鍛えるにはサイドプランクが役立ちますが、サイドプランクの中で脚を上げるような動作を行うことでランニングに近いエクササイズになります。
また、サイドプランクの姿勢から脚を横にあげるようなエクササイズを行うことで、お尻の筋肉も同時に鍛えることができますし、腹斜筋への負荷も増します。
腸腰筋
腸腰筋は脚を胸に引き付けるような働きをする筋肉ですが、腸腰筋が弱いとランニング中に脚が後方に流れてしまい、身体全体がコンパクトにまとまりにくくなります。
例えるなら長い棒を回転させるのは大変ですが、短い棒なら楽に回せるような仕組みに似ています。
脚が後方に残ることで、慣性モーメントによる抵抗が大きくなって、足の回転スピードが遅くなってしまいます。
100m走のタイムが10.8秒台のスプリンターと比べると100m走が10.1台のスプリンターは腸腰筋が約8%ほど大きいことが報告されています9。
こういったことから腸腰筋を鍛えることがスプリント走のパフォーマンスを高めるために重要になります。
腸腰筋を鍛えるには足を胸に引き付けるようなエクササイズが役に立ちます。
慣れてきたら徐々に負荷を増やすことがポイントであり、チューブを使ってスプリント走のような姿勢で足を引き付ける動きをするエクササイズなども役立ちます。
よくある質問について
高重量トレーニングで足が速くならない
一般的に足が速い選手は脚の筋肉が全体的に発達している傾向にあり10、高重量トレーニングで脚力を鍛えることでスプリント走のパフォーマンスが高まります。
足を速くするためには高重量トレーニングに取り組むことが重要です。
しかし、高重量トレーニングに取り組んでいると、ある時点からトレーニングが足の速さに直結しなくなってくることがあります。
ウェイトトレーニングで持ち上げられる重量が増えていくにもかかわらず、スプリント走のタイムが伸びなくなってくることは珍しくありません。
ウェイトトレーニングの重量が増えている場合には筋力は順調に伸びているはずなのですが、それがスプリント走になると力が抜けてしまうわけです。
この場合には、力が抜けてしまう部分を適切に見極めてアプローチする必要があり、弱点が改善されないままだとスプリント走のパフォーマンスが向上しにくくなってしまいます。
そのまま高重量トレーニングを続けても根本的な原因が解消されなければ、筋トレでしか使えない筋肉ばかりが発達していく可能性があります。
ランニングフォームが気になる
足を速くするためには、正しいランニングフォーム、綺麗なランニングフォームにしたいと思うかもしれません。
その考え方は間違いではありませんし、足が速い選手はランニングフォームが綺麗であることが多いです。
しかし、問題となるのはランニングフォームばかりに気を取られてしまうことです。
あれも気になる、これも気になる、改善したいところだらけで、気になるところを次々に修正しようとすると効果が出ないことは意外と多くあります。
というのも、身体は楽に走れるようなランニングフォームを無意識に選択していて、それを意識的に無理やり変えようとするのは効率的ではありません。
ランニングフォームを改善するときに大事なことは、一番弱い部分を見極めて、そこにピンポイントでアプローチすることです。
一番不安定で崩れやすい弱点が補強されることで、動きが安定しやすくなり、自然と綺麗なランニングフォームに近づきやすくなります。
まとめ
スプリント走で優れた加速をする選手は水平方向へのパワー発揮が優れていて、加速時に深い前傾姿勢で走っています。
無理に姿勢を真似するのではなく、脚力を鍛えることが大事なポイントであり、大臀筋やハムストリングスを鍛えること、膝を安定させる筋肉や体幹の筋肉なども鍛えてバランスを整えることが重要になります。
<参考文献>
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