ランニングのパフォーマンス向上に腸腰筋が非常に重要だという話を聞いたことがあるかもしれません。
腸腰筋を鍛えることは、単に速く走るだけでなく、より効率的で疲れにくい走り方につながります。
この記事では腸腰筋の基本的な役割、ランニングにおけるメカニズム、トレーニングとケアの方法について解説していきます。
腸腰筋とは?
腸腰筋(ちょうようきん)とは、腰椎、骨盤、大腿骨をつなぐ筋肉群の総称であり、一般的には次のような役割があります。
- 股関節の屈曲(足を上げる動作): ランニング中の膝の引き上げに直結し、推進力を生み出します。
- 体幹の安定: 走る際の体のブレを防ぎ、エネルギーロスを抑えます。
- 姿勢の維持: 正しいランニングフォームを保ち、怪我のリスクを低減します。
腸腰筋とランニングのメカニズム
慣性モーメント
速く走るための重要な要素の一つに「慣性モーメント」があります。これは物理学の概念で、物体が回転する際の抵抗の大きさを表します。ランニングに置き換えると、脚を効率的に回転させるために、この慣性モーメントをいかに小さくするかが鍵となります。
腸腰筋が弱いと、ランニング中に脚が後方に長く流れてしまい、身体全体が大きく、コンパクトにまとまりません。例えるなら、長い棒を回転させるのは大変ですが、短い棒なら楽に回せるのと同じです。脚が後方に残ることで「回転の半径」が長くなり、慣性モーメントによる抵抗が大きくなって、足の回転スピードが遅くなります。
しかし、腸腰筋が十分に機能していると、脚を素早く前方に引き付けることができ、身体を常にコンパクトに保てます。これにより、慣性モーメントによる抵抗が小さくなり、より効率的に、そして速く脚を回転させることができます。
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ランニングのピッチ
腸腰筋はランニングのピッチ(1分間あたりの歩数)に関係していて、腸腰筋が強いスプリンターはピッチが多くなる傾向にあることが報告されています1。
ランニングフォームを分析し、ピッチが少ない選手は腸腰筋がうまく使えていない可能性があります。
この場合には腸腰筋を鍛えることでランニングのピッチを改善し、パフォーマンス向上を図ることができます。
腸腰筋とパフォーマンス
スプリンター
100m走のタイムが10.8秒台のスプリンターと比べると100m走が10.1台のスプリンターは腸腰筋が約8%ほど大きいことが報告されています2。
また、スプリンターと一般の人を比べた研究ではスプリンターの腸腰筋は約1.4倍大きいことが報告されています2・3。
このように100m走のタイムが速い選手ほど腸腰筋が大きい傾向にあることも報告されており2~4、腸腰筋はスプリント走のパフォーマンスに役立つと考えられます。
長距離ランナー
腸腰筋は短距離のスプリンターだけでなく、中長距離ランナーのパフォーマンスにも役立ちます。
ある研究では腸腰筋が強いランナーのほうが少ない酸素消費量で効率的に走ることができ、ランニングエコノミーが良い傾向にあることが報告されています5。
ランニングエコノミーの向上は同じペースでより長く走れるようになる、または同じ距離をより速く走れるようになることを意味します。
そして、実際に腸腰筋のトレーニングを行うことでランニングの持久力が改善されることも報告されています6。
こういったことから腸腰筋はランナーにとって、距離やスピードを問わずパフォーマンス向上に欠かせない筋肉であると言えるでしょう。
腸腰筋のトレーニング
基礎トレーニング
腸腰筋を鍛える場合には、ランニングのように脚を前方に引き付けるような動きでのトレーニングがに役立ちます。
チューブを使って負荷をかけることもひとつの方法ですし、上体を前傾姿勢にして行うこともひとつのバリエーションになります。
実践的なトレーニング
ランニングに向けたより実践的な腸腰筋のトレーニングには、着地した瞬間に反対の脚を素早く前に出すというものがあります。
これは走る時の動きのリズムや感覚を養う練習でもあり、走っているときに腸腰筋を機能させるのに役立ちます。
腸腰筋のストレッチ
腸腰筋を鍛えてばかりいると筋肉が硬くなったり、動きが悪くなったりすることがあるため、腸腰筋のストレッチも忘れてはいけません。
前足の膝を曲げた状態で脚を前後に広げることで腸腰筋をストレッチすることができます。
また、脚を胸に引き付けるようなストレッチをすることで、脚を滑らかに動かしやすくなります。
ストレッチ中に股関節が詰まるような感覚がある場合、腸腰筋の柔軟性だけでなく、その拮抗筋である大臀筋や中臀筋といったお尻周りの筋肉が弱い可能性があります。
これらの筋肉のバランスが悪いと、股関節の動きがスムーズでなくなり、腸腰筋の働きも制限されてしまいます。股関節の詰まりを解消し、より効率的なランニングフォームを手に入れるためには、腸腰筋だけでなく、お尻周りの筋肉もバランスよく鍛えることが重要です。
まとめ
スプリント走のタイムが速い選手ほど腸腰筋が発達している傾向にあり、腸腰筋が強いことで素早く脚を前に引き付けることができ、効率的な走り方につながります。
腸腰筋を鍛えることはランニングのパフォーマンスの向上に役立ちます。
<参考文献>
- Tottori N, Suga T, Miyake Y, Tsuchikane R, Otsuka M, Nagano A, Fujita S, Isaka T. Hip Flexor and Knee Extensor Muscularity Are Associated With Sprint Performance in Sprint-Trained Preadolescent Boys. Pediatr Exerc Sci. 2018 Feb 1;30(1):115-123. doi: 10.1123/pes.2016-0226. Epub 2017 Oct 20. PMID: 28787247.
- Miller R, Balshaw TG, Massey GJ, Maeo S, Lanza MB, Johnston M, Allen SJ, Folland JP. The Muscle Morphology of Elite Sprint Running. Med Sci Sports Exerc. 2021 Apr 1;53(4):804-815. doi: 10.1249/MSS.0000000000002522. PMID: 33009196.
- Tottori N, Suga T, Miyake Y, Tsuchikane R, Tanaka T, Terada M, Otsuka M, Nagano A, Fujita S, Isaka T. Trunk and lower limb muscularity in sprinters: what are the specific muscles for superior sprint performance? BMC Res Notes. 2021 Feb 25;14(1):74. doi: 10.1186/s13104-021-05487-x. PMID: 33632290; PMCID: PMC7908676.
- Ema R, Sakaguchi M, Kawakami Y. Thigh and Psoas Major Muscularity and Its Relation to Running Mechanics in Sprinters. Med Sci Sports Exerc. 2018 Oct;50(10):2085-2091. doi: 10.1249/MSS.0000000000001678. PMID: 30222688.
- Silva WA, de Lira CAB, Vancini RL, Andrade MS. Hip muscular strength balance is associated with running economy in recreationally-trained endurance runners. PeerJ. 2018 Jul 24;6:e5219. doi: 10.7717/peerj.5219. PMID: 30065859; PMCID: PMC6063213.
- Yamanaka R, Wakasawa S, Yamashiro K, Kodama N, Sato D. Effect of Resistance Training of Psoas Major in Combination With Regular Running Training on Performance in Long-Distance Runners. Int J Sports Physiol Perform. 2021 Jun 1;16(6):906-909. doi: 10.1123/ijspp.2020-0206. Epub 2021 Mar 5. PMID: 33668016.