前十字靭帯損傷後に筋力発揮が抑制され、なかなか筋力が回復しないことが珍しくありません。
筋力を回復させることはリハビリや怪我予防に重要なのですが、怪我によって膝関節の状態が変化することで神経伝達へ影響を及ぼし、筋力発揮が影響されてしまうと考えられています。
ポイント
- 痛みや腫れは筋力発揮の抑制に関係しています。
- 痛み止めや麻酔などで痛みを取り除いても筋力発揮が回復するわけではないようです。
- 前十字靭帯損傷後の筋力発揮が抑制されるのは他にも原因があります。
Contents
痛み
手術後の筋力低下の原因として痛みが考えられます。
痛みと筋力発揮の低下
痛みと筋力発揮を調べた研究はたくさんあり、痛みが強いほど筋力発揮がしにくい傾向にあります。
- 痛みの減少と筋力の回復には一定の関係があることが報告されています1。
- 痛みが大きいほど筋力発揮が抑制されている傾向にあることが報告されています2。
- 動物実験においても痛みがある状態では神経の働きに影響を及ぼし筋力発揮が抑制されることが報告されています。
このように痛みは筋力発揮に大きな影響を及ぼす可能性があり、痛みを取り除くことは自然な流れといえるでしょう。
痛み止めや麻酔の効果
痛みによって筋力発揮が低下しますが、痛み止めや麻酔を使っても筋力発揮は回復しないようです。
- 痛み止めを服用しても筋力はあまり変わらないことが報告されています2。
- 麻酔で痛みを取り除いても筋力発揮に大きな変化があるわけではないことが報告されています3。
このように麻酔や痛み止めを使って痛みを減らしても、筋力発揮が抑制された状態が変わるわけではないようです。
痛みの他にも要因がある?
手術により筋力発揮が制限されることがありますが、手術後に痛みがなくなっても筋力発揮が続くことがあることが報告されています3。
痛みを減らしていくことは当然だとしても、痛みがなくなるだけで筋力発揮が回復するとは限らないようです。
このため手術後の筋力低下は痛み以外の要素も影響していると考えられています。
腫れ
怪我によって膝の腫れが引き起こされますが、これも筋力発揮に影響を及ぼす可能性があります。
膝の腫れと筋力発揮の低下
次の図のように健康な人の膝に食塩水を注入することで大腿四頭筋の神経の働きが鈍くなり、筋力発揮が低下することが報告されています4。
(Palmieri et al 2004より引用)
このことから怪我によって炎症を起こし、膝が腫れていることが筋力発揮低下の要因になりうると考えられます。
膝の腫れと脳神経の働き
実験で人工的な膝の腫れを再現することで、脳神経の働きに興味深い変化が生じます。
- 生理食塩水を膝に注入しても皮質脊髄路の興奮度への影響はみられなかったことが報告されています5。
- むしろ生理食塩水を膝に注入することで皮質脊髄路の興奮度が高まるという研究結果もあります6。
一般的には前十字靭帯を断裂すると神経の興奮度は低下し、筋力発揮がしにくいと考えられていますが、
上記の研究結果から、膝の腫れは脳神経の働きの低下の直接の原因ではない、あるいは実験による膝の腫れによる限界などが考えられています。
関節への圧力が筋力発揮に影響する
膝の腫れが筋力発揮に影響するのですが、それは膝関節の圧力が密接に関わっているかもしれません。
- 膝が腫れている場合には、膝関節が30°の状態よりも膝が伸びきった状態のほうが筋力発揮が抑制される傾向にあるそうです8。
- 膝が伸びきっている状態が膝関節の圧力が高まりやすい傾向にあることが報告されています9。
- 動物実験では膝関節の圧力が変化することで筋力発揮が低下することが報告されています10。
このように膝関節の圧力を通して、膝の腫れが筋力発揮に影響を与えているのかもしれません。
まとめ
筋力発揮が抑制されてしまう原因には様々なものがあります。
痛みを解消すれば筋力発揮が回復するとは限らず、膝の腫れなどを含め膝の状態を良くしていくことが大切です。
<参考文献>
- Shakoor N, Furmanov S, Nelson DE, Li Y, Block JA. Pain and its relationship with muscle strength and proprioception in knee OA: results of an 8-week home exercise pilot study. J Musculoskelet Neuronal Interact. 2008;8(1):35-42.
- Suter E, Herzog W, De Souza K, Bray R. Inhibition of the Quadriceps Muscles in Patients with Anterior Knee Pain. Journal of Applied Biomechanics. 1998;14(4):360-373.Stokes M, Young A. The contribution of reflex inhibition to arthrogenous muscle weakness. Clin Sci (Lond). 1984;67(1):7-14.
- Shakespeare DT, Stokes M, Sherman KP, Young A. Reflex inhibition of the quadriceps after meniscectomy: lack of association with pain. Clin Physiol. 1985;5(2):137-144.
- Palmieri RM, Tom JA, Edwards JE, et al. Arthrogenic muscle response induced by an experimental knee joint effusion is mediated by pre- and post-synaptic spinal mechanisms. J Electromyogr Kinesiol. 2004;14(6):631-640.
- Lepley AS, Bahhur NO, Murray AM, Pietrosimone BG. Quadriceps corticomotor excitability following an experimental knee joint effusion. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2015;23(4):1010-1017.
- Rice DA, McNair PJ, Lewis GN, Dalbeth N. Quadriceps arthrogenic muscle inhibition: the effects of experimental knee joint effusion on motor cortex excitability. Arthritis Res Ther. 2014;16(6).
- Palmieri RM, Weltman A, Tom JA, et al. An experimental knee joint effusion does not affect plasma catecholamine concentration in humans. Neurosci Lett. 2004;366(1):76-79. doi:10.1016/j.neulet.2004.05.016
- Stratford P. Electromyography of the quadriceps femoris muscles in subjects with normal knees and acutely effused knees. Phys Ther. 1982;62(3):279-283.
- Wood L, Ferrell WR, Baxendale RH. Pressures in Normal and Acutely Distended Human Knee Joints and Effects on Quadriceps Maximal Voluntary Contractions. Quarterly Journal of Experimental Physiology. 1988;73(3):305-314.
- Ekholm J, Eklund G, Skoglund S. On the Reflex Effects from the Knee Joint of the Cat. Acta Physiologica Scandinavica. 1960;50(2):167-174.