身体のケア

スポーツの動作分析で怪我を減らすことはできるのか?

バイオメカニクスは身体の仕組みを捉える学問であり、スポーツ動作を解析する学問というイメージがあります。

その一方でバイオメカニクスを学んでも治療効果はあがらない、机上の空論などと言われることもあるかと思います。

バイオメカニクスで怪我を減らすことはできるのか?バイオメカニクスの本質に迫って解説していこうと思います。

バイオメカニクス

 

バイオメカニクスで怪我は防げない?

私自身が足の怪我に10年近く悩まされ続けてきたのですが、それを解決するきっかけのひとつがバイオメカニクスでした。

バイオメカニクスを学ぶことでスポーツの動きや骨格筋の仕組みをより詳しく知ることができ、これが怪我を防ぐのに役に立つのではないか?

そんな背景からイリノイ州立大学の大学院でバイオメカニクスを学び始めました。

大学院初日に「バイオメカニクスを学んで怪我を減らしていきたい!」と意気揚々と教授に話したところ、

「それは無理だ!」と言われてしまいました。

その教授は20年近く研究をしていて、その膨大な知識と経験からバイオメカニクスの良いところと同時に限界をも悟っているようでした。

 

私はバイオメカニクスに関して多くを学び、どうしたら怪我を減らすことができるのか?を考え続けてきました。

たくさんの論文を読み、実際に怪我に困っている人に指導し続け、怪我を減らすための研究に取り組んできた中で、

なぜ怪我を減らすことには限界があるのか?、そして怪我を減らすための解決策を併せてご紹介していきたいと思います。

 

怪我の発生率と予防策の効果は?

因果関係を調べることは重要なのですが、怪我の発生率や予防策の効果といった研究もみていくことが重要です。

ひとつの科学的根拠だけではなく、できるだけ多角的にみていくことで証明力が高まっていきます。

 

ランニングフォームが怪我につながる事例は少ない?

ある研究で300名のマラソンランナーのランニング動作を解析して、その後2年間の怪我の発生状況を追跡調査したものがあります

  • 怪我をしたランナーとそうでないランナーとの間で膝の外反に大きな違いはなかった。
  • 足首のプロネーションやフォアフット着地なども怪我の発生率に大きな違いはなかった。
  • 怪我のリスクに強く関係していたのは膝の衝撃吸収だった。

意外にもランニングフォームが怪我のリスクを高めるという事例はそんなに多くはないというのが統計上の結果のようです。

このことから多少の膝に高い負荷がかかっているからといって、それが直ちに怪我に繋がるわけではありません。

 

負荷の高さと怪我の発生率

負荷が高いことと怪我のリスクは似ているようで違うものです。

例えば、50kgのバーベルでスクワットをやるよりも100kgのバーベルでスクワットをやるほうが身体への負荷は高いですが、100kgのバーベルでのスクワットが必ずしも怪我につながるわけではありません。

怪我をするかどうかというのはトレーニングの組み立て方、休養、身体の状態など様々な要素に影響されますし、スポーツに取り組む上では負荷が少なければいいというものでもありません。

 

ただし、背中が丸まった状態で重いバーベルを担いでスクワットをするといった怪我のリスクを著しく高めるフォームも存在します。

 

身体への負荷とパフォーマンスは表裏一体

バイオメカニクスの難しいところは身体への負荷とパフォーマンスが表裏一体であることが多いため、単純にこうしたほうがいい!とアドバイスをしにくいところです。

例えば、膝の衝撃吸収がマラソンの怪我に関係していますが、膝を固めることは高いパフォーマンスを発揮するために大切な要素です。

 

単純に膝を柔らかく使いましょうと指導すればいいわけではありません。

競技パフォーマンスに対する効率といった視点で考えることも必要になってきます。

 

実際に試して得られた声

いろいろなことを学んでも現場では思い通りにいかないことも多々あります。

そして、現場で実践する上では現場ならではの知恵や工夫が必要になることが多々あります。

 

正確に評価するのは困難なケースが多い

例えば膝の衝撃吸収が怪我やパフォーマンスに関係しているとは言うものの、意外にも現場でこれを正確に測定することは困難です。

効果な機器を導入しないと正確に数値化するのは困難ですし、機材でのデータ測定には時間がかかってしまいます。

 

ここでひとつの考え方を紹介したいと思います。

身体を壊すような食べ物というのは明らかに腐っている、匂いがおかしい、というように強烈な特徴を伴うことが多く直感的に理解できる何かが伴うことが多いのではないかと思います。

いい動きかどうかというのは直感的に見分けられるようになってくることが大切で、そのためにはメカニズムを理解した上で多くのことを経験することが必要です。

 

理論と実践のギャップ

最先端の設備を使って多くの一流選手の動きを測定し続け、それらと怪我のデータを結びつけて分析すればもの凄い何かが得られるのではないか?と考えていた時期が私にはありました。

 

世の中には同じような発想を持った方々が少なからずいて、1980年代からメジャーリーグの試合映像をもとに手作業で動作解析をし続けた強者も世の中にはいます。

現にメジャーリーグにはバイオメカニクスの研究部門があり、膨大な量のメジャーリーガーのピッチングやバッティングを解析しています。

全ての試合の打席を複数角度から測定していて、AIの技術により今では解析作業がだいぶ効率化されているようです。

そのような何十年にもわたる膨大な知見をもとにメジャーリーグの球団が投球動作に関するワークショップを開催していたりします。

 

しかしながら、ある名門メジャーリーグ球団のヘッドトレーナーから言わせれば「バイオメカニクスは怪我を減らすには少し物足りない」というのが本音だったりするようです。

膨大な投球動作などを分析するという手法だけでは怪我を減らすことには限界がある、と今では考えるようになりました。

 

バイオメカニクスは怪我予防というよりも、パフォーマンスアップのために分析しているという側面が強かったりします。

0.1秒を競争するような世界では、バイオメカニクスの研究によって生み出される、ほんの0.1秒の差が重要だったりするからです。

 

動作分析はトレーニングを行うキッカケになる

簡易に動作分析ができるFMSといったツールがありますが、興味深いことにFMSによる動作分析は怪我の発生率に強い関係性がありません。

参照https://www.betterfitnurses.com/post/the-functional-movement-screen-fms

 

しかし、その一方でFMSというパッケージを導入してエクササイズに取り組むことで怪我予防やリハビリで効果を得ることができます。

というのも何かしらのストレッチやエクササイズに取り組むことは怪我予防に効果を発揮するからです。

このことから動作分析と怪我の発生率の関係性が弱くとも、動作を分析することがトレーニングをするキッカケになったりモチベーションを高めてくれるのならば、それだけで大いに意味があるかもしれません。

 

人それぞれ違う個別性

確率論として証明力の強い科学的根拠があるほうが再現性は高いのですが、それが必ずしも結果に結びつくとは限りません。

超一流選手でも他の選手は全く別の動きをすることが珍しくなく、何が正しくて何が正しくないということを判断することは簡単ではありません。

 

よく言われる表現として「科学とアート」というものがあります。

現場で成果を出すためには理論だけでは捉えきれないアートの部分も身につけることが大切です。

現場で成果を出すためには感性やセンスが大事になってくることも多いかと思います。

 

より高い成果を得るために

 

バイオメカニクスによる怪我予防の効果を理解するために

バイオメカニクスでの怪我予防効果を知るためには、多角的な視点で検証することが大切です。

繰り返しになりますが、計算式を検証すれば終わりではなく、あらゆる側面の情報を集めることが大切です。

  • 専門家の意見
  • 原理原則や計算式
  • 相関関係と因果関係
  • 怪我の発生率と予防策の効果
  • 実際に試して得られた声や結果

そして、ひとつの論文をじっくり読んで、深く考察するだけでは足りないと思います。

反対意見を述べている研究結果がないかを徹底的に探すことも重要です。

 

というのも、ひとつの論文をじっくり読んだ考察よりも、膨大な量の論文を集約したほうが一般的には証明力が強いとされています。

 

身体の仕組みを理解することの大切さ

怪我を減らしていくためには身体の中で何が起こっているのか?ということを理解することが大切です。

 

古典的なバイオメカニクスにおいて身体への負荷は逆算して推測しているに過ぎません。

これだけの重量のものを動かすには理論上はこれだけの力が必要だ、というように導き方をしていて、身体の中で何が起こっているのか?ということまではわかりません。

モーションキャプチャーによる投球動作解析

 

より高い成果を上げるためには筋肉の働きを理解し、靭帯や骨などの役割を知り、身体の中の仕組みをより深く知ることが大切です。

骨格筋モデル

そして、バイオメカニクスを徹底的に突き詰めるだけでは足りません。

神経系や生理学、細胞レベルなど身体は多くのシステムによって成り立っています。

複数の分野にまたがる理解も重要になってきて、どこまでも果てしない深みがあります。

 

バイオメカニクスで怪我を減らせるのか?

当初の疑問に戻ります。

「バイオメカニクスで怪我を減らせるのか?」

その答えは”微妙である”というのが現時点での私の答えです。

 

「バイオメカニクスに限界がある」

「バイオメカニクスは役に立たない」

こんな声を耳にすることもあります。

 

確かにバイオメカニクスをたくさん学んでも、現場でそれほど成果が上がらないという気持ちは痛いほどわかります。

一定程度の成果が出ることもありますが、なんでも治せるわけではありません。

 

しかし、それはバイオメカニクスだけの問題ではありません。

私はバイオメカニクスだけでは役に立たないという意見を受け止め、脳神経などの他の分野も学び始めています。

その中で思うことは、脳神経や生理学などの他の分野もそんなに変わらないということです。

 

学問や研究が現場でうまく活かせないのはバイオメカニクスだけの問題ではないと思います。

未解決の問題を解くということは、失敗の連続が当たり前です。

膨大な失敗を繰り返す中で、ふとした瞬間に成果をあげられる方法を発見する、という試行錯誤の積み上げが大事になってきます。

 

バイオメカニクスが怪我を減らすのに役立つこと

動作分析をすることで怪我を減らすことに限界はありますが、

筋肉の働きを分析することで怪我を減らせる可能性は大いにあると思います。

 

動作やフォームだけをみるのではなくて、

その動作の背景にある筋肉の働きを深めることが怪我を減らすことに役に立ちます。

 

解剖学だけでは知り得ない、筋肉の奥深さをバイオメカニクスを通して理解することができます。

そういう意味でバイオメカニクスが大いに役立つと思います。

 

最後に

幾千もの論文を読み漁り、思いついた方法を次々と試しては失敗し、時には大きな恥をかいてきました。

そんな地道なことを続けていると、ごくごく稀に画期的な成果が生まれます。

その一瞬のために、気が遠くなるような時間と労力を費やしているのかもしれません。

 

 

<参考文献>

  1. Hamill J, Miller R, Noehren B, Davis I. A prospective study of iliotibial band strain in runners. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2008;23(8):1018-1025.
  2. Messier SP, Martin DF, Mihalko SL, et al. A 2-Year Prospective Cohort Study of Overuse Running Injuries: The Runners and Injury Longitudinal Study (TRAILS). Am J Sports Med. 2018;46(9):2211-2221.
  3. Chan ZYS, Zhang JH, Au IPH, et al. Gait Retraining for the Reduction of Injury Occurrence in Novice Distance Runners: 1-Year Follow-up of a Randomized Controlled Trial. Am J Sports Med. 2018;46(2):388-395.

 

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