野球肘に悩む野球選手は多く、柔軟性を高めたいという相談を受けることがよくあります。
ここで野球肘を防ぐためにはどのようなストレッチをやったらいいのか、その注意点についてご紹介していきたいと思います。
野球選手に必要な肩の柔軟性
肩の内旋の可動域
野球選手の肩の柔軟性には様々なものがありますが、スポーツ医学の研究で野球肘との関連性が特に強いとされているのが肩の内旋の可動域です1。
参照https://mikereinold.com/gird-glenohumeral-internal-rotation-deficit/
基本的には上の図のような肩の可動域が低下していることが野球肘のリスクを高めると言われています。
医学論文では可動域の評価方法に細かく定められているのですが、この可動域を改善することで野球肘を防ぐ効果が期待できます。
肩の屈曲の可動域
肩の内旋の可動域ほどメジャーなものではありませんが、肩関節の屈曲の可動域も野球肘に関係しているという論文があります。
次の図のようにバンザイするように手を挙げた時の可動域が低下していると野球肘のリスクが高まります。
(Camp et al 2017より引用)
野球肘を防ぐストレッチ
野球肘を防ぐストレッチには様々なものがありますが、代表的なストレッチ方法について解説していきたいと思います。
科学的に効果があるとされた方法でも肩の違和感を誘発しやすいストレッチもあるので、そのあたりを重点的に説明していきます。
スリーパーストレッチ
野球選手のストレッチとしてスポーツ医学の論文によく登場するのがスリーパーストレッチと呼ばれるもので、次の図のように身体を横にして肩後部のストレッチをするものです。
(Wilk et al 2013より引用)
こちらのスリーパーストレッチによって肩関節の可動域が改善する効果があるとする論文あるものの、賛否両論の多いストレッチでもあります4。
メジャーリーグ球団のレッドソックスでヘッドトレーナーを務めていた人は「YouTubeにてスリーパーストレッチは過去のものだ」といった主旨の動画を出しています。
このストレッチ自体に肩の違和感を覚える野球選手も珍しくなく、うまくストレッチが効かないケースも少なくないのが主な反対意見です。
スリーパーストレッチで肩がうまく伸びるようであれば続ける価値がありますが、違和感があればやめておいたほうが賢明だと思います。
大谷翔平のストレッチ
大谷翔平のストレッチという正式名称ではありませんが、このストレッチを見せると「大谷翔平がやっているやつ」という反応が返ってくることが多いです。
様々な番組でこのポーズを披露しているので、大谷翔平というイメージがついているのかもしれません。
この姿勢自体が肩甲骨周りのストレッチにもなり、うまく伸びない場合には反対の手を伸ばしてあげるのも役立ちます。
当然ながらストレッチ自体に痛みや違和感を感じることもあり、この場合にはストレッチを止めておいたほうが賢明です。
ビハインドネックストレッチ
こちらも良く見るストレッチですが、首の後ろで棒などを掴んで肩を伸ばすようなストレッチがあります。
このストレッチは関節を複雑に曲げるという性質があり、関節が引っかかりやすく肩がうまく伸びないことも意外と多い印象です。
伸びている感じがするならば続ける価値はあると思いますが、変な引っかかりを感じる場合にはストレッチの効果が弱いので他の方法を試したほうがよいでしょう。
クロスストレッチ
自分でできるストレッチ方法のひとつが次の図のようなクロスストレッチと呼ばれるものです。
このストレッチ方法は肩に違和感が出ることも少なく、肩関節の内旋の可動域を高める効果も期待でき、意外と使い勝手の良いものです。
(Wilk et al 2013より引用)
専門家のストレッチ
自分一人でできるストレッチ以外にも、プロ野球選手などは肩のケアの一環として専門家のストレッチを受けることがよくあります。
セルフで行うストレッチと専門家のストレッチの大きな違いのひとつが、肩甲骨を押さえながらストレッチを行っているかどうかです。
第三者が肩甲骨を押さえた状態でストレッチすることで効果が高まり、可動域がより大きくなりやすいという研究結果も報告されています6。
やはり自分一人でやるストレッチよりも専門家にやってらもうものが効果が高く、メジャーリーグなどでは練習前や練習後にトレーナーが肩のストレッチを行うことがよくあります。
ストレッチの効果と限界について
スポーツ医学論文に出てくるストレッチ方法と、実際に現場で野球選手のストレッチする場合には微妙な違いがあります。
実際にストレッチをするときには複数のストレッチを組み合わせることが基本となり、様々な角度から肩をほぐしていくことで柔軟性が改善されていきます。
色々なストレッチを行う中で痛みや違和感があるものは除外してストレッチのルーティーンを組み立てることが大切です。
(Busch et al 2021より引用)
ここで注意したいのがストレッチの効果にも限界があることです。
ある研究ではストレッチだけを行ったグループよりも、肩や肩甲骨周りのトレーニングを行ったグループのほうが怪我をする野球選手が少なかったという報告があります7。
ストレッチには野球肘を防ぐ効果がありますが、ストレッチだけで最大限の効果を発揮するものではありません。
日本では身体が柔らかくすることばかりを追い求める印象がありますが、肩甲骨周りのトレーニングも忘れずに行うことが大切です。
まとめ
肩関節の可動域低下は野球肘のリスクが高まるためストレッチなどで肩周りの柔軟性を高めることが役立ちます。
ストレッチ時に痛みや違和感があるものは避けながら、様々なストレッチを取り入れることが大切です。
<参考文献>
- Bullock GS, Faherty MS, Ledbetter L, Thigpen CA, Sell TC. Shoulder Range of Motion and Baseball Arm Injuries: A Systematic Review and Meta-Analysis. J Athl Train. 2018 Dec;53(12):1190-1199. doi: 10.4085/1062-6050-439-17. Epub 2018 Dec 7. PMID: 30525937; PMCID: PMC6365063.
- Camp CL, Zajac JM, Pearson DB, Sinatro AM, Spiker AM, Werner BC, Altchek DW, Coleman SH, Dines JS. Decreased Shoulder External Rotation and Flexion Are Greater Predictors of Injury Than Internal Rotation Deficits: Analysis of 132 Pitcher-Seasons in Professional Baseball. Arthroscopy. 2017 Sep;33(9):1629-1636. doi: 10.1016/j.arthro.2017.03.025. PMID: 28865566.
- Wilk KE, Hooks TR, Macrina LC. The modified sleeper stretch and modified cross-body stretch to increase shoulder internal rotation range of motion in the overhead throwing athlete. J Orthop Sports Phys Ther. 2013 Dec;43(12):891-4. doi: 10.2519/jospt.2013.4990. Epub 2013 Oct 30. PMID: 24175603.
- Mine K, Nakayama T, Milanese S, Grimmer K. Effectiveness of Stretching on Posterior Shoulder Tightness and Glenohumeral Internal-Rotation Deficit: A Systematic Review of Randomized Controlled Trials. J Sport Rehabil. 2017 Jul;26(4):294-305. doi: 10.1123/jsr.2015-0172. Epub 2016 Aug 24. PMID: 27632891.
- Shitara H, Tajika T, Kuboi T, Ichinose T, Sasaki T, Hamano N, Kamiyama M, Yamamoto A, Kobayashi T, Takagishi K, Chikuda H. Shoulder stretching versus shoulder muscle strength training for the prevention of baseball-related arm injuries: a randomized, active-controlled, open-label, non-inferiority study. Sci Rep. 2022 Dec 21;12(1):22118. doi: 10.1038/s41598-022-26682-1. PMID: 36543874; PMCID: PMC9772170.
- Howell AJ, Burchett A, Heebner N, Walker C, Baunach A, Seidt A, Uhl TL. Effectiveness of Scapular Stabilization Versus Non-Stabilization Stretching on Shoulder Range of Motion, a Randomized Clinical Trial. Int J Sports Phys Ther. 2022 Jun 1;17(4):695-706. PMID: 35693853; PMCID: PMC9159714.
- Busch AM, Browstein J, Ulm R. Comparison of the Effects of Static-Stretching and Tubing Exercises on Acute Shoulder Range of Motion in Collegiate Baseball Players. Int J Sports Phys Ther. 2021 Mar 1;16(1):207-215. doi: 10.26603/001c.18862. PMID: 33654578; PMCID: PMC7872457.